野党
野党(やとう)は、「在野の政党」を意味する[1]。政権・内閣・行政を担当中ではない議会政党のこと。対義語は、与党。 与党と野党の違いは、あくまでも政権を運営している党かどうかであり、政策によっては与党に賛成することもある[1]。 与党(英語: Ruling party)・野党(英語: Opposition party)という語は、イギリスのような二大政党制で議会政治・政党政治が円滑に行われていた国々における二大政党に用いられてきた。同国の野党は、政権担当に備えてると見做されており、「影の内閣」(シャドー・キャビネット)を組織している。 しかし、19世紀末以降に資本主義国家内に「資本主義そのものに反対する政党」社会主義政党が登場すると、与党・野党という意味が変質した。社会主義政党による革命成功は「資本主義政党は永久に政権の座から外されかねないこと」を意味した。なぜならば社会主義国家となると共産党一党独裁またはヘゲモニー独裁となるので「野党」は存在しなくなるからである[2]。 1991年にソ連崩壊後には日本国内でも左派の再編成が起こった。それによって、自民党と日本社会党との二大政党制である「55年体制」が終わった以降、野党は離合集散を繰り返しながら、徐々に勢力を低下させてきた。 特に旧日本社会党である社民党は2022年時点で衆議院と参議院で各一議席という存亡の危機に瀕している[3]。 野党第一党→「野党第一党党首 (日本)」も参照
「野党第一党」とは政権与党に次ぐ議席数を持っている野党、つまり野党の中で最も多くの議席を持つ政党である、2024年6月20日現在、日本では野党最大議席を持つ政党は立憲民主党である。また、同じように野党の中で2番目に議席を持つ政党を「野党第二党」、3番目は「野党第三党」とも言う。 野党第一党は基本的に「選挙区内で一番(与党候補へ)勝てそうな野党候補」であるため、政権与党に対するお灸票という「どの政党も支持していないが、与党に不満の意思を示したい層」からの懲罰的投票行動による票が集まりやすい[4][5][6]。他にも「お灸」の例として、野党など他党への投票することもせずに、「投票に行かない」という懲罰的投票行動もある[7]。 公式野党イギリスや旧英国植民地などウェストミンスター・システムの議院内閣制の諸国においては、野党第一党に「陛下の野党」(His/Her Majesty's Loyal Opposition)という表現が1826年に初めて使われた。「公式野党」(Official Opposition)と呼ばれる公式な地位が与えられ、その党首にも同時に「野党指導者(Leader of the Opposition)」の称号が与えられて特別な歳費も支給されることがある。この場合、野党第一党の党首らは、公式な制度として影の内閣を組織する事例が多いとされる。 日本の国政野党
※令和7年(2025年)3月4日現在
歴代野党第一党の党首主な野党共闘ゆ党ゆ党(ゆとう)とは、野党の中で、政権・与党に対して「是々非々の立場を取る政党」を、政権・与党に対して「対立的な姿勢をとる政党」と区別する際に用いられる[8][9][10][11][12] 。 初出「ゆ」は五十音順では「や」と「よ」の間にある文字であり、すなわち「野党(や党)」と「与党(よ党)」の間に位置するという意味である。確認されている中での初出としては、1994年の週刊文春で竹下登(自民党の元総裁)と赤松広隆(社会党の当時前書記長)による「小沢・細川クンにモノ申す」にて、1993年の細川連立政権発足により、自民党が55年体制以降に初の野党となった時、「与党(自民党)が野党になるのは大変だが、自民党は『ゆ党』になる」と言う意見があったと記されている。竹下自身は「(野党となった)自民党は政権の重みを知っているので、『与党(細川連立政権)はけしからん』だけではダメだ」という意味で捉えたと明かしている[11]。ただ初出に反して、この用語は主に反与党の立場を取る人物・団体が「ゆ党」たる立場の団体に対して、批判的に使用することが多く、その際には若干の軽蔑のニュアンスが含まれることが多い。 1996年(平成8年)に第1次橋本内閣での連立与党の社民党と新党さきがけの所属議員が離党し、新党さきがけの鳩山由紀夫と菅直人の両頭体制で発足した旧民主党が結党された。社民党から当時の衆参国会議員の約半数である35人、さきがけからは15人が参加、山花貞夫・海江田万里らの市民リーグは解党後に所属議員5人全員参加、新進党からは鳩山邦夫のみが参加した。計57人の新党が誕生した。彼らが新党結成させた主な理由は自民党と新進党(当時の野党第一党、右派政党)以外の政党が埋没していた状態からの脱却が目的であったため、「(当時の)橋本龍太郎内閣(自社さ連立政権)そのものとの対立」ではなかった。このことから内閣に対する姿勢・野党第一党である新進党との距離が曖昧であり、旧民主党に対して、「ゆ党」という表現が使われた[13]。 2016年(平成28年)1月には衆議院本会議の代表質問において、おおさか維新の会が「私たちは与党でもない野党でもない」と述べた。民主党がこの発言を問題視し、維新および当時友好関係にあった改革結集の会[14]の2党は野党ではなく「ゆ党」であると主張し、衆院予算委員会で野党の質問時間に含めない考えを示し、最終的に与野党が2党に時間を譲り合う「ゆ党」扱いとなった[15]。これに対し維新は「政権に参加していない党は野党だ」と主張し、抗議として与党からの配分時間のみを返上したうえで予算委員会を欠席する事態となった[16]。2021年時点で維新の会と国民民主党の2党が政権与党へ明確な対決姿勢ではなく、是々非々の立場を取る立場であり、「ゆ党」と報道されている[12][8]。2021年の衆院選でも野党当選者のうちの3分の1が「ゆ党」である維新の会と国民民主党が占めたように躍進している[8]。 世論調査2024年11月の衆院選で最も議席の「割合」を伸ばしたのは国民民主党であり[17]、議席数は4倍となった[18]。前回の世論調査から、支持率は8倍増の10.1%となり、更には国民民主党は野党内で2位の支持率になり、野党第一党の立憲民主党との支持率差は3.6%差まで縮まった上に、20代の支持最多政党・30代でも自民党に次ぐ支持政党となった。国民民主党の「ゆ党」姿勢への支持率も65%であった(内訳として、国民民主党支持の83.9%、自民党支持の63.2%、立憲民主党支持の51.1%)[17]。同月の読売新聞の世論調査でも、自民・公明党連立政権と国民民主党の部分連合(野党のまま個別政策では連立政権へ協力)への「賛成」が66%となった[19]。躍進した背景には、自民党(+公明党)・立憲民主党の双方を支持しない有権者層の受け皿となったことにある[18]。 NHKによって2025年1月11日から3日間行われた世論調査では、自民が30.5%、立憲民主が8.1%、国民民主が6.4%、維新が3.6%、公明が2.7%、れいわが2.1%、共産党が1.3%、保守党が1.1%、参政党が0.3%、社民党が0.3%、特に支持している政党はないが37.8%となっている[20]。 「ゆ党」とされる事例現存する政党
現存する政党で過去に「ゆ党」とされた政党 過去に存在した政党
脚注
関連項目 |
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