西元坂一

西元 坂一[注 1](にしもと さかいち、1893年明治26年)3月18日[1] - 没年不明)は、大正から昭和時代前期の台湾総督府官僚

経歴

山口県大島郡和田村東和町を経て現周防大島町)に生まれる[1]1915年(大正4年)8月、府殖産局林業講習を修了後、同局営林所に奉職し、1919年(大正8年)8月、嘉義庁林務手に転じ、澎湖庁技手となった[1]。ついで高雄州技手を経て、1925年(大正14年)1月、地方理事官に進み、高雄州恒春郡守に就任し[1]、のち台中州豊原郡守に転じた[2]

脚注

注釈

  1. ^ 『新台湾を支配する人物と産業史』533頁では阪一。

出典

  1. ^ a b c d 太田 1940, 533頁.
  2. ^ 興南新聞社 1943, 312頁.

参考文献

 

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