石井聖子
石井 聖子(いしい せいこ、1973年9月20日 - )は、東京都出身の企業経営者、元歌手。 人物母親は「ラテンの女王」の異名を持つ歌手で女優の坂本スミ子、父親は皮膚科医の石井禮次郎で、聖ドミニコ学園を経て上智大学文学部[1]を卒業する。 「火のような音楽」と評される母親の坂本スミ子と対照的に「水のような音楽」[2]と評される。 幼稚園教員と船舶2級を有し、レスキューダイバー、認定フェイシャルエステティシャンおよび日本サプリメント協会サプリメント指導士[1]である。 来歴母親の影響で音楽に興味を持ち、中学と高校で音楽部[3]に所属する。大学在学中に、篠山紀信が手掛ける「週刊朝日」女子大生シリーズのオーディションに合格[3]して表紙モデルになる。フジテレビ系深夜番組「Simple Plan」のオーディションを経て、同番組に関わる岡本真夜がプロデュース・作詞・作曲するシングル「ANNIVERSARY」で、1996年9月20日にポニーキャニオンよりデビューする。記念日をテーマにした楽曲でクリスマスソング、結婚ソング[3]として親しまれた。 2000年5月から父親が代表取締役を務めたドクターイシイコスメティックス[4] でエステサロン運営と化粧品開発を継ぐ。2014年に父親が死去したのちに代表取締役に就いて業務を拡大している。父方の実家が熊本市内で経営する幼稚園は、母親の坂本スミ子が園長を務めるほかに石井も経営に携わる。 エピソード2008年に伊東の断食道場で偶然出逢い、作曲家の浜圭介と交流を始める。浜から「君も何年もうたっているようだけど、歌謡曲を歌う気はあるかい?この曲のイメージに合う人を探していたんだよ。」とギター1本で歌われたデモテープを渡されたことからジャンルをJ-POPから歌謡曲に拡大し、2011年6月22日に11年ぶりのシングルとして「この…駅で」を日本コロムビアより発売した。「この…駅で」は大津あきらが病床で綴った詞に浜が曲を付けたもので、浜は盟友が最期に作詞したその楽曲をずっと温めていた。偶然出逢った石井の声質を「母親の坂本スミ子の情熱的な熱唱とは対照的に透明感があり、その上に薄い膜が張っているのが魅力」[5]と賞した。石井はインタビューで母親を「母は血の気の多いラテン系(笑)。思ったことを口にするタイプ。周りが大変なのを見てきたので、私は引っ込み思案な方。でも音楽が身近にあったのは母のおかげ。」[2]と述べている。 ディスコグラフィシングル
アルバム
参加作品
出演テレビ
ラジオ
ライブ/イベント
音楽:溝口肇、谷川賢作、石井聖子/朗読:谷川俊太郎、レイチェル・チャン
音楽:谷川賢作、石井聖子、吉野弘志/朗読:谷川俊太郎、レイチェル・チャン/ダンス:ATSUSHI(Dragon Ash)
p/立石一海g/塩塚博b/澁谷盛良ds/河合マイケル/エンディングトーク:早見優、西田ひかると共に出演
出演:後藤次利/村上“ポンタ”秀一/北島健二/平川達也/千秋/加藤いづみ/篠原ともえ/松本明子/石井聖子/渡瀬マキ
出演:永六輔/黒柳徹子/梓みちよ/ジェリー藤尾等、NHK「夢であいましょう」のメンバーが大集結!
『石井聖子の1st,2ndアルバムのアレンジャーである菅原氏との初コラボライブ決定!20年前の石井聖子に戻る!?!?』
脚注外部リンク
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