登記の抹消
登記の抹消(とうきのまっしょう)とは、登記記録又は登記簿上に現存する権利や登記事項が何らかの事情により消滅したか根本的に不存在だった場合において、それを登記記録等から削除して実体に合致させる手続きである。 本記事では商業登記と、不動産登記における権利に関する登記のうち所有権以外の登記の抹消について述べる。所有権の移転の登記の抹消については所有権の登記の抹消を、所有権保存登記の抹消については所有権の保存の登記を参照されたい。 また、債権譲渡登記制度と動産譲渡登記制度においても登記の抹消は存在するが、その解説は当該記事に譲り、ここでは述べない。 なお法令の条文においては「登記の抹消」と称しているが、以下の解説において、その通称である「抹消登記」として記述する。 商業登記説明の便宜上、以下の通り略語を用いる。 商業登記準則 - 商業登記等事務取扱手続準則(昭和39年3月11日民甲472号通達) 通常の抹消登記概要以下の事由が存在する場合、当事者はその登記の抹消を申請できる(商業登記法134条1項本文)。
登記事項以外の事項を登記した場合の具体例としては、民法法人の仮理事(民法旧56条)の登記をした場合(昭和31年7月13日民甲1603号回答)や株式会社の目的に「税理士により税理士法2条の業務を実施する事業」と登記されている場合(昭和48年1月8日民四214号回答)などである。 なお、上記以外の事由によって抹消登記をすることはできないとされている。例えば、株式会社の取締役が任期満了により退任しても、抹消登記ではなく変更登記をすることになる(商業登記法54条4項参照)。また、手続きが違法であるというだけでは抹消できない。例えば、株式会社の清算人が、その就職の日から2か月を経過しない間に清算結了の登記を申請しても受理されない(会社法499条1項参照)が、誤ってその登記をしても職権で抹消することはできない(昭和33年3月18日民甲572号回答)。 一方、未成年者の登記(商業登記法35条1項)がされている場合において、未成年者が成年に達したことを登記官が発見した場合(出生の年月日が登記事項であるので発見し得る)、登記官が職権で抹消できるが、これは厳密には消滅の登記である(平成18年4月26日民商1110号依命通知第2節第1-4参照)。 添付書面(一部)既述商業登記法134条1項2号の事由があるので抹消登記を申請する場合、申請書にはその事由を証する書面を添付しなければならない(商業登記法134条2項・132条2項)。ただし、その抹消すべき登記の申請書や添付書類からその事由の存在が明らかなときは添付は不要であるが、抹消の申請書にはその旨を記載しなければならない(商業登記規則100条3項・98条)。 登録免許税通常の会社又は外国会社の場合、本店の所在地においてする場合は2万円であり、支店の所在地でする場合は6,000円である(登録免許税法別表第1-19(1)ラ・(2)ロ)。ただし、清算人(代表清算人及び職務執行者を含む)又は 清算結了の登記の抹消の場合は、本店・支店を問わず6,000円である(登録免許税法別表第1-19(4)ニ)。 商号の抹消登記概要以下に掲げる場合において、当該商号の登記をした者がおのおのに定める登記をしないときは、当該商号の登記に係る営業所(会社にあっては本店)の所在場所において同一の商号を使用しようとする者は、登記所に対し当該商号の抹消を申請できる(商業登記法33条1項)。
商号の登記を抹消された会社は、商号の登記をしないと他の登記も申請できない(商業登記法24条15号参照)。 なお、この登記は抹消を命ずる判決によっても申請することができる(平成18年4月26日民商1110号依命通知第1節第1-7(1))。一方、商号の抹消登記手続を命ずる仮処分に基づく商号の抹消登記申請は受理されない(昭和58年12月14日民四6946号回答)。 添付書面(一部)商号の抹消登記を申請する者は、当該商号の登記に係る営業所又は本店の所在場所において同一の商号を使用しようとする者であることを証する書面を添付しなければならない(商業登記法33条2項)。 例えば、個人が申請する場合は上申書などであり、設立中の会社が申請する場合は公証人が認証した定款の謄本などである(昭和40年3月27日民甲656号回答)。 登録免許税個人の商号を抹消する場合、本店・支店を問わず6,000円である(登録免許税法別表第1-20(1)ヘ・(2)ロ)。通常の会社の商号を抹消する場合、2万円である(登録免許税法別表第1-19(1)ラ)。 抹消登記の実行抹消の記号等登記を抹消する際には抹消の記号を登記事項に記録し、当該抹消された登記によって抹消する記号が記録された登記事項があるときは、抹消登記によって登記記録を閉鎖する場合を除き、その登記を回復しなければならない(商業登記規則100条1項)。 具体的には、Aという登記をすることによってBという登記が抹消された後、Aの登記を抹消した場合にはBの登記を回復するという意味である。 登記の抹消をする場合には、登記の年月日に代えて「平成何年何月何日抹消」と記録する(商業登記準則66条1項・62条本文)。登記を回復する場合には、登記の年月日に代えて「平成何年何月何日抹消により回復」と記録する(商業登記準則66条1項・63条)。 職権抹消の手続商業登記法135条ないし138条、商業登記規則100条2項、商業登記準則66条2項・67条参照。
不動産登記本稿では、共同申請による抹消登記については抵当権抹消登記の場合についてまず説明し、その他の権利については抵当権抹消登記と異なる論点について述べる。なお、本稿でいう抵当権には根抵当権を含まないものとする。 説明の便宜上この節では、次の通り略語を用いる。
抵当権抹消登記概要債務者が被担保債権の全部を弁済した場合、弁済を原因とする抵当権抹消登記を申請できる(民法492条参照)。債務者が抵当権の被担保債権の一部を弁済した場合、一部抹消登記というものは存在しないので、債権額を減少させる抵当権変更登記を申請できる。 第三者が被担保債権の全部を弁済した場合、代位弁済を原因とする抵当権移転登記を申請できる(民法501条参照)。第三者が被担保債権の一部を弁済した場合、一部代位弁済を原因とする抵当権一部移転登記を申請できる(民法502条1項参照)。 登記に関する判例抵当権の被担保債権が弁済などにより消滅した場合、付従性により抵当権も当然に消滅するので、その抹消登記をしなくても第三者に対抗できる(大決昭和8年8月18日民集12巻2105頁)。 抵当権の被担保債権が弁済により消滅したが、抹消登記をせずに後に発生した債権のために流用した場合、流用後に登場した第三者に対しては有効であるが、流用前に登場した第三者に対しては無効である(大判昭和11年1月14日民集15巻89頁)。 前提の登記
登記申請情報(一部)登記の目的順位番号で抹消する抵当権を特定し、例えば「1番抵当権抹消」のように記載する。転抵当権を抹消する場合、例えば「1番付記1号転抵当権抹消」のように記載する。受付番号と受付年月日で特定してもよい(法務局、抵当権抹消の申請書の書式、注1参照)。 抵当権移転登記がされた後に弁済等により抵当権を抹消する場合でも「1番抵当権抹消」の要領でよいが、抵当権移転登記の原因たる債権譲渡契約を解除したときなど付記登記のみを抹消する場合、例えば「1番付記1号抵当権移転抹消」のように記載する。 登記原因民法又は民法の特別法などに根拠があるものを原因とできる。具体例を以下に示す。なお、根拠条文が付されている場合、この項目に限り特記がないときは条文は民法のものである。 弁済(492条)、代物弁済(482条)、債務免除(519条)、解除(540条1項)、放棄(抵当権の絶対的な放棄)、債権放棄、混同(179条1項・2項)、債権時効消滅(167条1項)、消滅時効(抵当権の時効消滅、167条2項・396条)、抵当権消滅請求(379条)、収用(土地収用法2条)など 他に、以下のようなものがある。
代物弁済(482条)があった場合、代物弁済によって被担保債権が消滅し、付従性により抵当権が消滅するので、登記原因は「混同」ではなく「代物弁済」とするべきである(登記研究270-71頁)。 原因の日付
登記申請人原則として抵当権設定者たる所有権登記名義人を登記権利者とし、抵当権を失う抵当権者を登記義務者として記載する。法人が申請人となる場合、その代表者の氏名も記載しなければならない(令3条2号)。 代物弁済又は混同の場合、原則として同一人が登記権利者兼登記義務者となる事実上の単独申請を行う。 抵当権設定登記後、その不動産につき所有権移転登記があった場合、現在の所有権登記名義人が登記権利者であって、当初の抵当権設定者は登記権利者とはならない(明治32年8月1日民刑1361号回答)。なお、後順位抵当権者も登記権利者となり得る(昭和31年12月24日民甲2916号回答)。 なお、例えばA・B共有の不動産全部の上にCが抵当権を設定した場合において当該抵当権が消滅した場合、AとCの共同で抵当権抹消登記を申請することができる(保存行為)。 添付情報(一部)登記原因証明情報(法61条・令7条1項5号ロ)、登記義務者の登記識別情報(法22条本文)又は登記済証を添付する。法人が申請人となる場合は更に代表者資格証明情報(令7条1項1号)も原則として添付しなければならない。なお、書面申請の場合であっても、登記義務者の印鑑証明書の添付は原則不要である(令16条2項・規則48条1項5号、令18条2項・規則49条2項4号及び48条1項5号)が、登記義務者が登記識別情報を提供できない場合には添付しなければならない(規則47条3号ハ参照)。 抹消登記を申請する場合には登記上の利害関係人が存在するときはその承諾が必要であり(法68条)、承諾証明情報が添付情報となる(令別表26項添付情報ヘ)。この承諾証明情報が書面(承諾書)である場合には、原則として作成者が記名押印し(令19条1項・7条1項6号)、当該押印に係る印鑑証明書を承諾書の一部として添付しなければならない(令19条2項)。この印鑑証明書は当該承諾書の一部であるので、添付情報欄に「印鑑証明書」と格別に記載する必要はなく、作成後3か月以内のものでなければならないという制限はない。 混同を原因として抵当権抹消登記を申請する場合、混同によって抵当権が消滅したことが登記記録上明らかなときは、登記原因証明情報の添付は不要である(登記研究690-221頁)。 登録免許税不動産1個につき1,000円を納付するが、同一の申請書で20個以上の不動産につき抹消登記を申請する場合は2万円である(登録免許税法別表第1-1(15))。 その他の権利の抹消登記概要地上権、永小作権、地役権、賃借権、先取特権、質権、根抵当権、採石権についても、放棄・混同・解除・収用・消滅時効・所有権の取得時効・強制競売による売却・買戻権行使による所有権移転などにより消滅する。手続きは抵当権抹消登記と同様である。 質権及び確定後の根抵当権については上記に加え、弁済・代物弁済・債務免除・債権放棄・債権時効消滅によっても消滅する。登記手続は抵当権抹消登記と同様である。 地上権、永小作権、採石権については、消滅請求をすることができる(民法266条1項、同276条、採石法4条3項)。登記手続は抵当権抹消登記と同様である。 以下、抵当権と異なる論点について述べる。 個別の論点
単独申請でできる場合概要権利が自然人の死亡又は法人の解散によって消滅する旨(法59条5号、令3条11号ニ)が登記されている場合、当該権利が死亡又は解散によって消滅したときは、登記権利者は単独で当該権利に係る登記を抹消する申請をすることができる(法69条)。 また、登記権利者は、抹消登記を申請するにあたり登記義務者の所在が知れないために申請ができない場合は、一定の要件の下に単独で当該権利に係る登記を抹消する申請をすることができる(法70条2項・3項)。 以下順に論点を述べる。なお、採石法12条又は15条1項の決定があった場合、採石権の設定を受けた者等は所有権以外の権利の抹消登記を単独で申請できる旨の規定(採石法31条)が存在する。 死亡などによる権利抹消登記
所在が知れない場合の抹消登記概要非訟事件手続法106条1項に規定する除権決定があった場合(法70条2項)、先取特権・質権・抵当権・元本確定後の根抵当権(以下本稿において休眠担保権と呼ぶ)の被担保債権が消滅したことを証する情報を提供した場合(法70条3項前段)、又は休眠担保権につき被担保債権の弁済期から20年を経過し、かつ当該被担保債権・利息・損害金を全額供託した場合(法70条3項後段)、登記権利者は単独で当該権利に係る登記を抹消する申請をすることができる。 登記申請情報は原則として#抵当権抹消登記と同様である。なお、承諾証明情報や登記識別情報に関する論点は死亡などによる権利抹消登記の場合と同様である。異なる論点を以下に述べる。 除権決定があった場合抹消できる権利については制限はなく、担保物権に限定されない。 登記原因は、消滅に係る原因を記載する。具体的には、「抵当権者死亡」や「弁済」などである。 添付すべき登記原因証明情報(法61条・令7条1項5号ロ)は、除権決定があったことを証する情報である。なお、除権決定の前提として非訟事件手続法99条に規定される公示催告手続きがされる(非訟事件手続法106条1項、法70条1項)ので、登記義務者の所在が知れないことを証する情報の添付は不要である。(別表第26項添付情報ロ)。 休眠担保権の消滅の場合
休眠担保権に係る弁済の場合
職権による抹消登記抹消登記は職権ですることもできる。ただし、以下の事由が存在することが必要である。
登記事項以外の事項とは、例えば抵当権設定登記における違約金の定め(昭和34年7月25日民甲1567号通達)などである。 抹消登記の実行抹消の記号等抹消登記は主登記で実行される(規則3条参照)。また、登記官は登記を抹消する際には、抹消の登記をするとともに抹消の記号を記録しなければならない(規則152条1項)。また、抹消に係る権利を目的とする第三者の権利に関する登記があるときはそれも抹消し、当該権利の登記の抹消により当該第三者の権利に関する登記を抹消する旨及び登記の年月日を記録しなければならない(規則152条2項)。 地役権の特則承役地につき地役権の登記を抹消したときは、登記官は要役地の登記記録について地役権の登記の抹消をしなければならない(規則159条3項)。 ただし、要役地が他の登記所の管轄区域内にある場合、当該他の登記所に遅滞なく、承役地の表示・要役地の表示・地役権の消滅の登記原因及びその日付・地役権の抹消登記申請の受付年月日を通知しなければならない(規則159条4項・2項、準則118条8号・同別記77号様式)。通知を受けた登記所の登記官は遅滞なく、要役地の登記記録の乙区に地役権を抹消する手続きをしなければならない(規則159条5項・3項)。
職権抹消の手続不動産登記法71条・109条2項、不動産登記規則153条・154条、不動産登記準則107条ないし110条の2参照。
参考文献
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