田原市立赤羽根小学校(たはらしりつ あかばねしょうがっこう)は、愛知県田原市赤羽根町にある公立小学校。
概要
沿革
- 1873年(明治6年)9月15日 - 第10中学区第25番小学赤羽根学校が開校。大栄寺[注釈 1]を仮校舎とする。
- 1876年(明治9年)
- 3月 - 赤羽根村字諏訪1に校舎を新築し移転。赤羽根村、芦村の児童が通学する。
- 4月 - 赤羽根東学校(東組)と赤羽根西学校(西組)に分立する。赤羽根東学校は従来の校舎を使用し、赤羽根西学校は養性寺[注釈 2]を仮校舎とする。
- 1878年(明治11年)3月 - 赤羽根東学校は二ノ谷学校に改称する。芦村が二ノ谷学校校区から野田学校に移る。
- 1881年(明治14年)10月4日 - 赤羽根西学校が赤羽根村字西71に校舎を新築。開校式を行う。
- 1882年(明治15年)3月 - 二ノ谷学校から赤間学校(中組)が分立する。
- 1887年(明治20年)
- 1月 - 赤間学校が赤羽根村字中瀬古87に校舎を新築し、移転する。
- 4月 - 二ノ谷学校、赤間学校、赤羽根西学校、高松学校が合併し、尋常小学赤埴学校となる。校舎は旧・赤間学校校舎を使用。旧・高松学校は簡易科の分教場となる。
- 1892年(明治25年)8月 -
- 高松分教場が独立し、高松尋常小学校となる[2]
- 赤埴学校が東組尋常小学校、中組尋常小学校、西組尋常小学校に分立する。東組尋常小学校は旧・二ノ谷学校校舎、中組尋常小学校は旧・尋常小学赤埴学校校舎、西組尋常小学校は旧・赤羽根西学校校舎を使用する。
- 1896年(明治29年)5月 -
- 西組尋常小学校が赤羽根村第一尋常小学校に改称する。
- 東組尋常小学校と中組尋常小学校を統合。高等科を設置赤羽根村第二尋常高等小学校となる。校舎は旧・中組尋常小学校校舎を使用する。
- 1907年(明治39年)7月16日 - 赤羽根村、高松村、若戸村が合併し、赤羽根村が発足。
- 1907年(明治40年)3月1日 - 赤羽根村第一尋常小学校と赤羽根村第二尋常高等小学校を統合し、赤羽根尋常高等小学校となる。統合校舎未完成のため、従来の校舎で授業を行う。
- 1909年(明治42年)
- 4月5日 - 現在地に統合校舎が完成する。
- 4月10日 - 開校式を行う。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 赤羽根国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 赤羽根村立赤羽根小学校に改称する。
- 1958年(昭和33年)
- 6月10日 - 新校舎(鉄筋コンクリート造、現・東校舎)が完成する
- 11月1日 - 赤羽根村町制施行し、赤羽根町が発足。同時に赤羽根町立赤羽根小学校に改称する。
- 1961年(昭和36年)3月17日 - 新校舎(鉄筋コンクリート造2階建)が完成する。
- 1968年(昭和43年)3月10日 - 校舎を増築する。
- 1973年(昭和48年) - 校舎を新築(現・西校舎)する。旧校舎(1909年建築)を改修し、赤羽根町歴史民俗資料館とする[注釈 3]。
- 1983年(昭和58年) - 校舎を新築(現・南校舎)する。
- 2003年(平成15年)8月20日 - 田原町が赤羽根町を編入し市制施行。田原市が発足。同時に田原市立赤羽根小学校に改称する。
交通アクセス
- 豊橋鉄道渥美線三河田原駅より豊鉄バス伊良湖支線「保美」(赤羽根経由)行。
周辺施設
参考文献
- 赤羽根町史編纂委員会『赤羽根町史』赤羽根町1968年、pp. 529-532 547-567
- 愛知県渥美郡役所『渥美郡史』1923年、pp. 995-1012
脚注
注釈
- ^ 現在の愛知県田原市赤羽根町寺山15-31にある寺院。
- ^ 現在の愛知県田原市赤羽根町出口114-1にある寺院。
- ^ 2005年解体。
関連項目
外部リンク