源朝任
源 朝任(みなもと の あさとう)は、平安時代中期の公卿。宇多源氏、大納言・源時中の七男。官位は従三位・参議。二條別當を号す。 経歴一条朝の長保3年(1001年)元服する。加冠は春宮大夫・藤原道綱で、理髪は蔵人弁・藤原朝経が務めた。7,8人の公卿や10余人の殿上人が参会している。 長保5年(1003年)従五位下に叙爵し、侍従次いで左衛門佐に任官する。寛弘3年(1006年)正月に従五位上・少納言に叙任され、3月9日に少納言として初めて外記政を行った[1]。寛弘7年(1010年)五位蔵人に補任されるとともに、右近衛少将次いで左近衛権少将に任ぜられる。 寛弘8年(1011年)6月に三条天皇が即位すると蔵人を去るが、同年10月に正五位下に叙せられ、寛弘9年(1012年)正月には改めて五位蔵人に再任されている。長和2年(1013年)従四位下、長和3年(1014年)右近衛中将、長和5年(1016年)従四位上次いで正四位下、長和6年(1017年)左近衛中将と三条朝から後一条朝初頭に書けて近衛次将を務めながら順調に昇進した。 寛仁3年(1019年)蔵人頭に補され、治安3年(1023年)に参議に任ぜられ公卿に列す。万寿3年(1026年)右衛門督を、長元2年(1029年)には検非違使別当も兼帯した。同年従三位に昇叙された。 長元7年(1034年)9月16日薨去。享年46。歌人の大弐三位との交流が知られている。 官歴註釈の無いものは『公卿補任』による。
系譜脚注参考文献
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