源守清(みなもと の もりきよ、生年不詳 - 正暦3年6月14日(992年7月16日))は、平安時代中期の貴族。醍醐天皇の孫。醍醐源氏。兵部卿・有明親王の子。官位は従四位上・弾正大弼。
円融朝の天禄3年(972年)大学寮に入学し、のち文章生となる。官位は従四位上・弾正大弼に至る。一条朝の正暦3年(992年)6月14日卒去。
『尊卑分脈』による。
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