清朝銭![]() 清朝銭[1](しんちょうせん)は、中国の清朝の時代に流通した銭貨。一部を除き、背(はい。裏側)に漢字と満洲文字併記で鋳造場所を表示した[1]。 ![]() ![]() 背面はjuwan(十)、emu yan(一両)。 ![]() 背面は boo ciowan(宝泉)。 概要1616年、天命汗銭/天命皇宝(abkai fulingga han jiha)と天命通宝が発行される。銭銘は満洲文字と漢字の二種類。以後、元号が変わるたびに新しい銭銘で銭貨を発行する。 天聡年間(1627年 - 1636年)、天聡汗銭/天聡通宝(sūre han ni jiha)が発行される。銭銘は漢字と満洲文字の二種類あり。 1644年[2]、順治通宝発行される。これ以後、銭銘は漢字の一種類のみとなる。1658年、背(はい。裏側)に漢字と満洲文字併記で鋳造場所を表示するようになる(以上、特に断らない限り出典:[3])。 1662年、康煕通宝発行される。 1736年、雍正通宝発行される。 1736年、乾隆通宝発行される。 1796年、嘉慶通宝発行される。 1821年、道光通宝発行される。 1851年、咸豊通宝発行される。 1862年、同治通宝発行される。 1875年、宣統通宝発行される(以上、特に断らない限り出典:[2]) ![]() 背面は満州文字の yerkiyang とアラビア文字の yarkand。 プル銭(普爾銭)ウイグル地域が清朝の版図に組み込まれると、この地で使用することを意図して普爾銭が発行された。1759年初鋳。銭銘は乾隆通宝。化学組成は青銅よりも純銅に近く、背は満洲文字。1800年、嘉慶通宝発行される[4]。 ![]() 蔵銭西蔵で使用する銭貨。1792年初鋳。銭銘は乾隆宝蔵。背はチベット文字[4]。 ![]() (badarangga doro yuwan boo) その他1898年以降、銅圓(銅元)と呼ばれる無孔・打刻の硬貨が製造されている。俗に銅板と呼ばれる。無孔なので銭とは呼ばない。銭銘は光緒元宝(badarangga doro yuwan boo)・大清銀幣・大清銅幣[5]など。額面は1, 2, 5, 10, 20文など[6]。 その他、太平天国は独自の銭貨(銭銘は太平天国聖宝)を発行している[7]。 年代・地域によりスペイン、ポルトガル、フランス、オーストリアの銀貨が流通した実績あり[7]。 参考文献
出典
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