民間文芸のモチーフ索引 [ 注 1] (みんかんぶんげいのモチーフさくいん、英 : Motif-Index of Folk-Literature )は、民話モチーフ ・話素 の集大成(カタログ)。
アメリカの民話学者スティス・トンプソン による全六巻の書物(1932–1936年)、およびその増補版(1955–1958年)、電子版(CD-ROM媒体)に所収される。
説話・民話等のモチーフ・話素を識別するのに、本書物の分類記号(例:D150「人間から鳥に変身」)で特定する。(その一部は、§一覧 に列挙した)。
世界の伝承文学を対象としたスケールのモチーフ索引はこれのみで、比較研究における国際的な基準ツールとされる。
もっとも、その限界などについて様々な批判もあり、日本の昔話やアイルランド民話など限られた分野においてのモチーフ索引の成立は他の学者によっていろいろと試みされている。
名称
"民間文芸のモチーフ索引"[ 2] 以外にも、トンプソンのモチーフ索引 [ 3] 、トンプソンのモチーフ・インデックス [ 4] (英 : Thompson's motif-index )、トンプソンの昔話のモチーフ [ 5] 等とも呼び慣わされる。
概説
その大まかな枠組み・は、トンプソン著『The Folktale』(1946年; 荒木博之・石原綏代訳『民間説話 理論と展開』、1977年)に所収されている。
方式
アルファベット1文字(A-Z)でモチーフの大分類[ 注 2] 、1文字と数値幅で小分類[ 注 3] (B100~B199 魔法の動物)、そして1文字と数値でモチーフ、小数点付きでサブモチーフ(B81=人魚 B81.2.1 人魚が人間の男性と子供をもうける)を指定する[ 8] [ 7] 。
トンプソンは、民間文芸のモチーフ索引を生成した経緯について、自叙伝で触れているが、アンティ・アールネ による民話の型(1910年発表)の増補を図ったトンプソン(1928年 発表。AT分類 を参照)は、その副産物として、主にヨーロッパの説話に見いだされるモチーフを抽出して収集し、これを分類化(記号と採番)をおこないカタログ化した[ 7] 。何千ものモチーフが収録されている。
語釈
トンプソンは『民間説話』(1946年刊行、1977年和訳)では"モチーフ"を以下のように定義する:
"A motif is the smallest element in a tale having a power to persist in tradition.
モチーフとは話の最小要素で、伝承において固執性をもつものをいう。[ 13]
モチーフとは、伝承のなかに生き残る力を持った説話の最少の要素である[ 14] 。
さらにトンプソンは、その要素に"何か異常な、そして人の注意を引くもの"がないとその"残存する力"を持ちえないとする[ 14] 。
ただ、当初ははより慎重なスタンスをとり、モチーフをよりルーズに定義としていた[ 注 4] 。
備考
今の時代では電子版があれば検索は容易であるが、紙媒体の当時はトンプソン番号を熟知していないと参照できないため、2年の歳月をかけて普通の書籍と同様の巻末索引(英語、アルファベット順)が第6巻として付け加えられた。
一覧
スティス・トンプソン『民間文芸のモチーフ索引』(Motif-Index of Folk-Literature)より、以下はその抜粋である[ 17] [ 注 5] 。
標準性
本索引については、"世界の諸民族の民間文芸にわたる唯一のモチーフ索引であり、比較研究における国際的な基準として認められている"と稲田浩二 が述べている[ 18] 。
また、本書と「民話の型 」を併せて"民話の比較的分析において最重要な参考文献であり研究ツール"とオックフォード版『昔話の手引きにも』(項はジョージ・ワシントン大学 スタイン教授が執筆)と記述されており[ 19] 、同様に、両インデックスをして"専門職の民俗学者が分析に使いうる(引き出しの中身)のうち、最重要な二つのツールをなしている"と批判者のダンデスも、特に比較研究に限らずに発言している。
ダンデスはさらにモチーフ索引(と話型)のことを本物の民俗学者にとって"不可欠 (sine qua non)"と明言しているが、リチャード・ドーソン も婉曲的に同じことを言ったことになっている[ 21] [ 注 7] 。
話型との関係
原理のうえでは、このモチーフ(話素)を組み合わせることで説話が成立する。このことは、ジャン・ハロルド・ブルンヴァン も『モチーフ索引』の説明で述べている[ 24] 。日本でも例えば樋口淳(専修大学教授)が、モチーフのあつまりをエピソード(ないしシーケンス)、その集まりが話型である、と分析する[ 25] 。
この考えの前駆者としてロシアの比較研究の草分けアレクサンドル・ヴェセロフスキー (英語版 ) が挙げられるが、ヴェセロフスキーは物語の筋(プロット)とはモチーフの複合(クラスター)であると説いている[ 注 8] [ 27] 。
トンプソンも、『民間説話』の数か所で"モチーフの複合 (cluster of motifs)"という成句を使っている。ただ、場合によっては"モチーフの複合"は、話筋にみえて実際は"勇士の冒険譚の枠組み"(枠物語 )にすぎないのであって、その枠の内に(真正の)物語が入れ子になっていることがあるとも注意喚起しており、じっさい、その陥穽に陥っている学者もいると批判する[ 注 9] 。
脚注
注釈
^ "民間文芸モチーフ索引"と、"の"抜きで稲田浩二ほか編の『日本昔話事典』に表記される[ 1] 。
^ または"本カテゴリ main category"[ 7] 。
^ または複数のモチーフ[ 7] 。
^ Thompson Motif-index p. 19. "[モチーフとは]伝統的な説話を構成するあらゆるもの...モチーフという用語が用いられる場合、これはかならずもっとも広義な意味でとし、説話構造のいかなる要素も含んでいる[a]nything that goes to make up a traditional narrative... When the term motif is employed, it is always in a very loose sense, and is made to include any of the elements of narrative structure "
^ 日本の研究論文などでも、原文(英語)のモチーフ題名を引用する場合が多いが、以下では日本語題名に仮訳している。したがって正式訳ではないが、かつて小澤かおるが、情報考古学研究所 (ROICA)のプロジェクトして未完の形で発表していたもの(A-T の大分類、および B, D の中分類))を一部流用している。
^ 日本では羽衣伝説 。
^ ブロンナー (英語版 ) の論文でも同じ"不可欠"という表現で形容される。
^ さらには、これを受けてウラジーミル・プロップ らロシア形式主義 者および構造主義 者がモチーフについて評価研究をしており、それはトンプソンの『モチーフ索引』以前に遡ることが指摘される。
^ "only a framework for the adventures of the hero"; "at least three different tales within the framework".
出典
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参考文献
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関連項目