椋尾篁
椋尾 篁(むくお たかむら、1938年1月1日 - 1992年6月9日)は、長崎県佐世保市出身のアニメーション美術監督。武蔵野美術学校洋画科卒。元ムクオスタジオ主宰。“光と影と質感の詩人”の異名を持つ。 来歴生家は代々平戸藩お抱えの焼物店だったが、本人曰く、自身が生まれた1938年頃に閉店したとのこと[1]。高校卒業後は大阪に出て凸版印刷に就職するが、だんだん仕事に違和感を感じてきたということで2年ほどで退職[1]。思い返せば子供の頃から絵を描くことが好きだったことから、やはり将来は絵をやっていこうと思い立って武蔵野美術学校に進学[1]。しかし美術学校を出てもすぐに仕事は見つからず、同じ武蔵野美術学校の1年先輩でもある半藤克美に相談したところ「自分の所で仕事しないか」と誘われて虫プロダクションで仕事を始める[1]。 『銀河鉄道999』・『幻魔大戦』など劇場作品の他、『母をたずねて三千里』・『悪魔くん』・『美少女戦士セーラームーン』など多くのテレビシリーズの美術監督・美術デザイン・美術設定を手がける。また『きよしこのよる』など短編アニメーション作品の監督もある。 1976年放映の『母をたずねて三千里』の現地ロケ(イタリア・アルゼンチン)に高畑勲・宮崎駿らと同行し、光と影を背景美術に織り込む。1981年公開の『セロ弾きのゴーシュ』では水墨画的な世界に陰影をつけて質感を表現。『銀河鉄道999』など一連のりんたろう監督作品でSF美術の大家としての地位を確立。徳間書店アニメージュ主催のアニメグランプリにおいて美術部門の人気投票第1位を5年連続で獲得。1970 - 80年代の日本のアニメーション美術のクオリティを飛躍的に高めることに大きく貢献した。『迷宮物語 工事中止命令』で一緒に仕事をした大友克洋は空の色をピンクにするなどの椋尾のアバンギャルドな色使いに驚き、「あまり守りに入らず、アニメーションは攻めていった方がおもしろいのではないか」ということに気づいたと述懐している[2]。 2004年にはアニドウにより現存する背景画や美術ボードなどを収めた『椋尾篁アニメーション美術画集』が1000部限定で出版された。 略歴
主な作品
画集
受賞
ムクオスタジオ初代である椋尾が設立したアニメーション背景美術プロダクション。1971年会社登記(ただし、1968年頃から既にムクオスタジオの名称で活動している)。東京都杉並区荻窪にある。杉並アニメ振興協議会会員。現在の代表取締役は3代目である田尻健一。 椋尾・2代目の窪田の活躍もあり、かつては東映動画(現:東映アニメーション)制作のテレビシリーズのうち、テレビ朝日系列の毎週土曜日19時枠は当社が全てのシーンの背景美術を描いた。
現在ないし過去に在籍した主なデザイナーは ほか多数。 脚注外部リンク
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