日本奥地紀行
『日本奥地紀行』(にほんおくちきこう、英語:Unbeaten Tracks in Japan)は、イザベラ・バードによる明治維新期の日本旅行記である。通訳は伊藤鶴吉が務めた。 1878年(明治11年)6月から9月にかけて東京から北海道(蝦夷地)までの旅行の記録で、明治維新当時の日本の地方の住居、服装、風俗、自然を細かく書き留めてあり、近代以前の日本の情勢を知ることのできる資料である。またアイヌに関する記述も豊富にある。 初刊版は1880年に2巻本で出版、その後版を重ね、1885年に関西旅行の記述その他を省略した1巻本が出版された。 概要下記の記述は専ら東北の山村の貧困な日本人についてである。 日本人の印象私が日本人と話をかわしたり、いろいろ多くのものを見た結果として、彼らの基本道徳の水準は非常に低いものであり、生活は誠実でもなければ清純でもない、と判断せざるをえないと記している[1]。 また日本人は子どもに対して全く強い愛情をもっているが、ヨーロッパの子どもが彼らとあまり一緒にいることは良くないことであるとし、彼らは風儀を乱し、嘘をつくことを教えるからだとも記している[2]。 日本人の外見について日本人を小柄で、醜くしなびて、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが優しそうな顔をした連中と形容し[3]、 西洋の服装をすると、とても小さく見える。どの服も合わない。日本人のみじめな体格、凹んだ胸部、がにまた足という国民的欠陥をいっそうひどくさせ[4]、日本人の黄色い皮膚、馬のような固い髪、弱弱しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻、凹んだ胸、蒙古系の頬が出た顔形、ちっぽけな体格、男たちのよろよろした歩きつき、女たちのよちよちした歩きぶりなど、一般に日本人の姿を見て感じるのは堕落しているという印象を受けている[5]。 日本人の服装について農家にて、堆肥の山を崩して、それを裸足で踏みながらどろどろにする作業に従事していた女たちが、仕事中はみな胴着とズボンをつけているが、家にいるときは短い下スカートをつけているだけであり、何人かりっぱな家のお母さん方が、この服装だけで少しも恥ずかしいとも思わずに、道路を横ぎり他の家を訪問している姿を私は見たと記している[6]。 日本人の行儀作法おいしい御馳走であることを示すため、音を立てて飲んだり、ごくごくと喉を鳴らしたり、息を吸いこんだりすることは、正しいやり方となっており、また作法でもそのようにときびしく規定しており、これはヨーロッパ人にとって、まことに気の滅入ることであり、もう少しで笑い出すところであったとしている[7]。 日本語訳書
派生作品
原著(新版)
脚注
外部リンク
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