日本トライアスロン連合

公益社団法人日本トライアスロン連合
Japan Triathlon Union
本部が入居しているJAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE
本部が入居しているJAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE
創立者 猪谷千春
団体種類 公益社団法人
設立 1993年6月
所在地 東京都新宿区霞ヶ丘町4-2
JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE
法人番号 6011005003774 ウィキデータを編集
起源 複合耐久種目全国協議会
日本トライアスロン連盟
主要人物 会長 岩城光英
活動地域 日本の旗 日本
活動内容 トライアスロン競技の統括
ウェブサイト 公益社団法人 日本トライアスロン連合
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公益社団法人日本トライアスロン連合(にほんトライアスロンれんごう、: Japan Triathlon Union, 略称 : JTU)は、日本国内におけるトライアスロンおよび関連競技(アクアスロンデュアスロン)の国内競技連盟。2019年9月現在、会長は岩城光英。

歴史

トライアスロンがアメリカ合衆国カリフォルニア州ハワイ州1970年代に考案されて大会が行われるようになり、1981年に日本でも鳥取県米子市皆生温泉で初の競技会(全日本トライアスロン皆生大会)が行われると、1980年代に日本各地でトライアスロンブームが起こり、大会の開始や団体の設立が相次いだ。

その中、1984年に創設された複合耐久種目全国協議会1985年全国トライアスロン競技会を経て1986年に成立した日本トライアスロン協会(JTA)(会長:清水仲治[1])と、1985年に長嶋茂雄[2]を会長として発足した日本トライアスロン連盟(JTF)の2つが全国組織として運営され、併存状態が続いた。

1989年国際トライアスロン連合(ITU)が発足し、日本からは暫定国内統一団体として日本トライアスロン委員会(JTC)が加盟した後、1993年5月に日本トライアスロン連合設立準備委員会が発足し、同年6月には「日本学生トライアスロン連合」(JUTU)が設立された。1994年4月16日日本トライアスロン連合(JTU)が発足し、初代会長に猪谷千春[3]、理事長に佐々木秀幸[4]、事務局長に大塚眞一郎[5] が就任した[6] JTUは日本体育協会(2018年4月から日本スポーツ協会)と日本オリンピック委員会(JOC)に準加盟が認められ、同年9月には国際オリンピック委員会(IOC)総会で2000年シドニーオリンピックからトライアスロンがオリンピックの正式競技として開催されることが決定した。

その後もJTUの組織整備は進められ、1998年3月には体協、1999年10月にはJOCへの正式加盟が認められた。1999年7月には文部省管轄の社団法人として認定された。2009年、JTU設立以来15年間会長を務めた猪谷が名誉会長に退き、新会長に参議院議員の岩城光英[7] が就任した。

2022年6月には、2020年東京パラリンピックトライアスロン女子日本代表土田和歌子谷真海のほか、青山学院大学教授陸上競技部男子長距離監督原晋らを新理事候補として承認し、同年6月21日に正式決定[8][9]

組織

主催大会

  • 日本トライアスロン選手権
  • 世界トライアスロンシリーズ横浜大会
  • 蒲郡オレンジトライアスロン
  • みなと酒田トライアスロンおしんレース
  • みやぎ国際トライアスロン仙台ベイ七ヶ浜大会(日本U23 トライアスロン選手権・日本U19 トライアスロン選手権)
  • 国営昭和記念公園トライアスロン大会
  • 大阪トライアスロン舞洲大会
  • 野尻湖トライアスロンin信州信濃町
  • 長良川国際トライアスロン大会(日本U15トライアスロン選手権)
  • 佐渡国際トライアスロン大会(日本ロングディスタンストライアスロン選手権)
  • 全国高校生チャレンジトライアスロン
  • オールキッズトライアスロン大会
  • 村上・笹川流れ国際トライアスロン大会

脚注

出典

  1. ^ 清水は1922年生まれ。神奈川県立商工高等学校の教諭と同校野球部監督、神奈川県高校野球連盟会長となり、1981年に同高校を定年退職した後はトライアスロン界のリーダーとして普及に努めた。1996年没。参照:TRI-X 「日本トライアスロン物語」Vol.34 「全国組織が産声をあげた」
  2. ^ 昭和期プロ野球選手として絶大な知名度と人気を持つ長嶋は、1980年読売ジャイアンツの監督を辞任した後、他球団からの監督就任要請(その一部は球団側が公言していた)を固辞しながら、文化人として活動していた。JTF会長就任後はトライアスロンの大会にも主催者として参加し、1992年秋にジャイアンツ監督へ復帰した後もJTFの名誉会長となり、トライアスロンへの関わりを続けた。
  3. ^ 昭和期のスキーヤーで1956年コルチナ・ダンペッツオオリンピックでの銀メダリスト(男子回転)。当時はIOC委員を務め、その後は1995年にITU副会長、1996年にIOC理事(復帰)に就任した。
  4. ^ 佐々木は1932年生まれ。三段跳びの選手で、早稲田大学教授などを務め、日本陸上競技連盟(陸連)の専務理事として陸上競技の強化に当たりながら、トライアスロンの全国組織を整備。その後は陸連名誉副会長、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)理事、東京マラソン組織委員会事務総長など。瑞宝小綬章受章者。参照:TRI-X 「日本トライアスロン物語」Vol.32 「トライアスロンは競技スポーツか?」
  5. ^ その後にJOC委員。
  6. ^ JTAの清水会長とJTFの長嶋名誉会長は共に設立準備委員会の発起人に加わり、JTUでは名誉会長に就任。
  7. ^ 岩城は1949年生まれ、自由民主党所属。46歳からトライアスロンを始め、会長就任後も現役選手として地元福島県いわき市で行われる大会などへ出場している。出典:岩城光英オフィシャルサイト内 「岩城光英のトライアスロン奮闘記」
  8. ^ 原晋監督が日本トライアスロン連合理事候補に 21日に正式決定 スポーツ報知・2022年6月7日 20時50分配信
  9. ^ JTU新理事選任のお知らせ) JTU NEWS・2022年6月21日配信

外部リンク