戸田忠囿
戸田 忠囿(とだ ただその)は、下野足利藩の第2代藩主。宇都宮藩戸田家分家2代。 寛文9年(1669年)、初代藩主・戸田忠時がまだ旗本だった時代に、その四男として生まれる。兄の忠勝が早世したため嫡子となり、忠時が1万1000石の大名となったのち、宝永2年12月19日(1706年)に従五位下・大隅守に叙位・任官する。宝永5年(1708年)6月29日に父が隠居したため家督を継いだ。 大坂定番に任じられて大坂に赴くが、そこで病に倒れ、享保17年(1732年)5月2日に大坂で死去した。享年64。跡を長男の忠位が継いだ。 系譜父母 正室
子女
養女
|