幡山村
幡山村(はたやまむら)は、かつて愛知県愛知郡にあった村である。愛知郡の最北東部に位置していたが、現在は瀬戸市の南部に該当する[1]。 この地には古より本地村、菱野村、山口村の3つの村があり、中世以前は山田郡に属し豪族が住み着いた土地である。明治22年に本地村と菱野村が合併し、本地村にあった八幡社の「幡」と菱野村にあった熊野社の「野」から一文字を取って幡野村とした。この幡野村が明治39年に東隣りの山口村と合併し幡山村が誕生した。昭和の大合併まで存続したが、昭和30年に瀬戸市に編入され消滅した。村名は幡野村の「幡」と山口村の「山」から一文字ずつ取った合成地名である。 北南東の三方を丘陵地に囲まれ里山がある農村地帯であった。かつては陶磁器(瀬戸焼)生産の燃料として周辺の樹木が伐採され丘陵地が禿山となったが、治水対策で植林が行われた[2]。 瀬戸市への編入以降北部丘陵地に大規模な菱野団地が造成され、愛知環状鉄道線の開通で人口が急増した。旧村域の2018年4月1日現在の推計人口は40,543人。 2005年3月25日 - 9月25日に行われた2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の瀬戸会場も旧村域である。 沿革
神社・仏閣
交通鉄道路線
その他公共交通脚注関連項目 |