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寂日坊
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(
2013年1月
)
寂日坊
寂日坊
(じゃくにちぼう)は、
日蓮正宗
総本山
大石寺
の塔中坊の一つ。表塔中にある。古来、代官坊とも称されている。
歴史
1290年
(
正応
3年) - 大石寺創建と同時に
寂日坊日華師
を開基として建立される。
1637年
(
寛永
14年) - 17世
日精
が現在の本堂安置の常住板御本尊を書写。
1887年
(
明治
20年)
2月22日
- 改築される。
1907年
(明治40年)
9月3日
- 後の第57世法主
日正
が住職となる。
1909年
(明治42年)
10月1日
- 後の第60世法主
日開
が住職となる。
1984年
(昭和59年)
10月10日
- 第67世
日顕
の大導師により現本堂新築落慶法要が行われる。
概要
住職が法主の代官を務め(現在は主任理事や執事が務める)、貴人(三位以上)の宿坊になった事から門が赤(他の坊は黒または白木)である。有職故実によれば、朱塗門は勅許が無くては建てることを許されなかった。
本堂は7間四方(他の坊は50~60畳程度)で他の坊と違い広間(食事や休憩をする部屋)より広く作られている。
大石寺の塔中坊としては珍しく、
客殿
と同様に本尊の両脇に
日蓮
と
日興
の御影像が安置されている。
関連項目
日蓮正宗寺院一覧