土岐頼雄
土岐 頼雄(とき よりかつ)は、南北朝時代の武将。後に揖斐頼雄を称した。 生涯土岐頼清(頼宗)の子で頼康・明智頼兼の弟、康貞・直氏・頼忠の兄。 兄・頼康が美濃国西部厚見郡に革手城を築き拠点にすると同じ西部の揖斐郡に拠点を置き、弟で西部の池田郡に居住していた頼忠と共に西美濃における土岐氏の基盤を固めた。天授6年/康暦2年(1380年)に死去。子・康行は兄の養子となり後に本家の家督を継承した。 墓所は岐阜県揖斐川町の大興寺。法名は大興寺殿前羽州太守定厳祐禅大居士。 系譜系図参考文献関連項目 |