味のちぬや
株式会社味のちぬや(あじのちぬや)は、香川県三豊市と東京都江戸川区に本社がある、日本の冷凍食品メーカーである。馬鈴薯を使った冷凍コロッケやチキンカツやササミカツは国内トップクラスのシェア[1]。また、メンチカツ・串カツなどの畜肉商品やかき揚げ、いももちなど幅広く販売している[2]。近年では、家庭用商品に力を入れ、むかしのコロッケシリーズや、なんこつのから揚げ、甘辛だれのささみフライ、海鮮かき揚げなどが主力商品として育っている。海外への輸出にも力を入れており、日本の冷凍食品の品質の良さを世界にアピールしている。 日本記念日協会による記念日では、5月6 日は「コロッケの日」、3月7日は「メンチカツの日」、3月3日は「ささみの日」、11月4日は「かき揚げの日」、9月4日は「串の日」など、食品に関わる記念日を複数登録しており、食品業界全体の活性化に貢献している[3]。 社名の「ちぬや」は、創業家である今津家の屋号に由来する[4]。 概要食品製造会社の役員であった今津虎太郎が、1975年当時東京で会社員をしていた息子の秀を呼び戻し、ちぬや冷食株式会社の初代社長となり、加ト吉(現:テーブルマーク)のかき揚げを製造する孫請け工場として、1976年7月7日に創業した[5]。 1981年に、ちぬや冷食と加ト吉を仲介していた冷凍食品業者が経営破綻をしたことで転機を迎える。加ト吉から直接下請けになるように要請されるが、それを断り、独立した冷凍食品業者として歩んでいくこととなる。最初は大変な苦労を伴いながらも、神戸の中村博一商店(現:株式会社ナックス)をはじめ、取引してくれる問屋が徐々に増え、えびたま天ぷら、ハムエッグフライ、てづくり風牛肉コロッケ、むかしのコロッケなどヒット商品にも恵まれることで、現在の全国的な販売網を構築していった[6]。 1993年に、広告宣伝のためブランドロゴをラッピングした自社トラックでの配送を開始。10年後の2003年に「ちぬや物流サービス株式会社」を設立する。 同じく1993年には製造を委託していた協力工場が倒産し、供給していた原料代8,000万円が回収不能になる。その工場を引き受ける形で愛媛県西予市に進出。7年後の2000年に「株式会社愛媛ちぬや」を設立する。 その後、ちぬや冷食は販売・管理部門の体制強化を目的に分社化。独立時から使用していた「味のちぬやブランド」を会社名とし、2004年に新会社「株式会社味のちぬや」を設立し、初代社長に今津秀が就任した[7]。 2010年に北海道を襲った長雨でコロッケの主要原材料であるジャガイモが記録的な不作となり大幅な減益となった。この手痛い経験から、2013年に原材料の調達ルートを多様化する目的で「北海道ちぬやファーム(北海道足寄町)」という子会社を設立した[8]。 販売好調や生産工場のリスクヘッジを考慮し、新工場の建設を検討。愛媛県の支援もあり、2019年愛媛県西予市に新工場を建設する。翌年の2020年に「株式会社四国ちぬや」を設立。 地域貢献として、愛媛県西予市では「西予ちぬやパーク」のネーミングライツスポンサーとなり、地域子育て事業の支援を行っており[9]、香川県三豊市では西讃地区の子ども食堂へ向けて自社商品の寄付活動を行っている[10]。 また、北海道立農業大学校と連携協定を締結し、学生と共同でコロッケを開発するなど、次世代の農業の担い手育成へ取り組んでいる[11] 。 SDGsに関連して、「太陽光発電設備」を導入している。味のちぬや本社、開発センター、三豊市高瀬町、四国ちぬや宇和工場の4拠点に設置しており、すべてを合わせると約123万平方メートル(東京ドーム26個分)の森林相当の二酸化炭素削減効果がある[12]。 事業会社
沿革
12月:開発センター完成
株式会社味のちぬや(本社)、ちぬや物流サービス株式会社 ISO22000認証取得
10月:企業内保育園「ちぬやキッズ」開園
10月:株式会社四国ちぬや設立
製造拠点
営業拠点
主な商品
不祥事労働基準法違反による起訴処分2021年7月、外国人技能実習生10人に月100時間を超える時間外労働をさせた他、労働基準監督官の立入検査に対して嘘の書類を提出した疑いにより、「味のちぬや」、子会社の「ちぬや冷食」、工場長の男性等が観音寺労働基準監督署に書類送検された。10人のうち1人は一ヶ月で184時間の時間外労働をしており、時間外労働の上限規制で書類送検される全国初のケースとなった[14]。 2021年8月、高松地検は、時間外労働の上限を超えていた疑いについては不起訴、立ち入り検査にうその説明をしていた件については起訴処分とした。 脚注
外部リンク |
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