下波村
下波村(したばむら)は、1958年まで愛媛県の南予地方の北宇和郡にあった村である。 宇和海に突き出した三浦半島(蔣淵半島、こもぶちはんとう[1])の基部西側に位置し、宇和海に面している。宇和海村(うわうみむら)の成立によって自治体としては消滅し、その後の編入合併で現在は宇和島市の一部となっている。 地理宇和島市西部の三浦半島(蔣淵半島)基部の西側の地域。北灘村と権現山を境に南を接し、海岸線では蜂の巣鼻で同村と境界をなす(今日は狩津トンネルが貫通している)。三浦半島の背稜を境に遊子村及び三浦村に接する。宇和島市の中心部から約25キロメートル。(結出集落) 歴史藩政期
明治以降
下波村の系譜 (町村制実施以前の村)(明治期) 町村制施行時 昭和の合併 平成の合併 下波浦 ━━━━━ 下波村 ━━┓ 蔣淵浦 ━━━━━ 蔣淵村 ━━┫ (昭和33年4月1日合併) 遊子浦 ━━━━━ 遊子村 ━━╋━━━━ 宇和海村 ━┓ 戸島浦 ━━━━━ 戸島村 ━━┫ ┃ 日振浦 ━━━━━ 日振島村 ━┛ ┃ ┃ ┃(昭和49年4月1日編入) 宇和島市━━┻━━━━━━━━┓ 三間町━━━━━━━━━━━━╋━━宇和島市 吉田町━━━━━━━━━━━━┫(17年8月1日合併) 津島町━━━━━━━━━━━━┛ (注記)宇和島市、三間町、吉田町、津島町の平成の合併以前の系譜については、それぞれの記事を参照のこと。 地域もとの下波浦がそのまま村になった。大字はなし。8つの集落があり、字結出(ゆいで)に役場を置いた。結出と西その隣接の島津が村の中心。 産業
交通海路では、当村から宇和島港へは蔣淵半島を大きく迂回する必要があり、また陸路で宇和島市内中心街へのバスが通じたのは1964年(昭和39年)の辰野トンネル[2]開通後であり、それまでは陸の孤島に近い状態であった。 文化・民俗
脚注
関連項目外部リンク
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