リナルド・クルサード
パウロ・リナルド・クルサード・ドゥランド(Paulo Rinaldo Cruzado Durando, 1984年2月25日 - )は、ペルー・リマ出身の元同国代表サッカー選手。ウニベルシダ・サン・マルティン所属。ポジションはミッドフィールダー。 経歴クラブアカデミア・ティト・ドラゴの下部組織で育ち、2002年に強豪アリアンサ・リマに加入。2002年シーズンの終盤にトップチームデビューしたが、そのシーズンは1試合のみの出場に留まった。その後、チームの重要な選手としての地位を確立し、若手のジェフェルソン・ファルファンとともに2003年シーズンのリーグ優勝に貢献。2004年2月11日、コパ・リベルタドーレスのサンパウロFC戦(1-2)に出場して国際舞台にデビューし[1]、グループリーグ全試合に出場したが、チームはグループ3位に終わって敗退した。2004年にはリーグ戦で2連覇を果たし、2005年シーズンは35試合に出場して1得点したが、ファルファンやワルテル・ビルチェスなどのキープレーヤーが抜けた影響で7位に終わった。2006年シーズンはマルコ・シウルリッサと名コンビを組み、チーム最多の42試合に出場して3得点を記録した。2年ぶりにリーグ優勝を果たしたが、優勝クラブを決めるプレーオフのセカンドレグではフラビオ・マエストリの決勝点をアシストし、CSシエンシアーノに3-1で勝利した。 2007年1月、スイス・スーパーリーグのグラスホッパー・クラブ・チューリッヒに移籍し、2月10日のFCチューリッヒ戦(0-0)でデビューした[2]。2008年8月、2008年シーズンが終盤に差し掛かっていた母国のスポルティング・クリスタルに移籍し、チームのリーグ戦2位に貢献した[3]。 2009年1月、アジアでも有数の人気クラブであるイラン・プレミアリーグのエステグラルFCに移籍した。移籍の詳細は契約直前まで明かされなかった。2009年シーズンには深刻な怪我を負い、ほとんどプレーできなかった。2010年シーズンはレギュラーのひとりとしてプレーした。2010年7月15日、2010年シーズンの中盤に差し掛かっていた母国のフアン・アウリチに移籍した[4]。ペルー復帰という選択は、主にセルヒオ・マルカリアン監督が就任したペルー代表への復帰のためであった[5]。 2011年8月5日、イタリア・セリエAのACキエーヴォ・ヴェローナと3年契約を結び、背番号8を受け取った[6]。8月13日のノヴァーラ・カルチョとのプレシーズンマッチ(0-2)でデビューし[7]、8月27日にはインテルナツィオナーレ・ミラノとのプレシーズンマッチを戦った。0-0で迎えたハーフタイムにキャプテンのセルジオ・ペリッシエとの交代で出場し、3-2で勝利を収めた[8]。 2014年1月12日、アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオンのニューウェルズ・オールドボーイズからトルネオ・ウルグアージョのナシオナル・モンテビデオに移籍[9]。2017年1月2日、11年振りにアリアンサ・リマへ復帰することが発表された[10]。 代表2003年8月27日、グアテマラとの親善試合でペルー代表デビューした[11]。2011年にはコパ・アメリカ2011に出場し、3位入賞に貢献した[12]。 2011年9月2日、ボリビア代表との親善試合で代表戦初ゴールを記録した[13]。 タイトルクラブ
代表個人成績
脚注
外部リンク
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