モミ

モミ
東京近郊のモミ林(高尾山
保全状況評価[1]
LOWER RISK - Least Concern
(IUCN Red List Ver.2.3 (1994))
分類
: 植物界 Plantae
: 裸子植物門 Pinophyta
亜門 : マツ亜門 Pinophytina
: マツ綱 Pinopsida
亜綱 : マツ亜綱 Pinidae
: マツ目 Pinales
: マツ科 Pinaceae
: モミ属 Abies
: モミ A. firma
学名
Abies firma Siebold et Zucc.[2]
和名
モミ
英名
Momi fir
Japanese fir
品種

モミ(樅[4]学名: Abies firma)は、マツ科モミ属常緑針葉樹である。日本特産種で、日本に自生するモミ属で最も温暖地に分布し、その北端は秋田県、南端は屋久島に達する。

分布・生育地

日本特産種[5]本州秋田県以西)、四国九州屋久島まで分布する[5][4]。モミは、モミ属の樹木としては、最も温暖な地域に分布域をもつ種で、日本の中間温帯の代表的な樹種の一つである[6]

モミの分布は太平洋側に偏っており日本海側には局所的に分布が知られるのみである。モミを欠く日本海側においてはスギCryptomeria japonicaヒノキ科)がその位置に出現するという[7]。スギ、特に日本海側(裏日本)に分布するウラスギ(裏杉)と呼ばれる系統はブナFagus crenata)と共に多雪環境に極めて適応していることで知られる[8]

形態

常緑針葉樹高木[5]。樹高は30メートル (m) 以上、幹径は1.5 m以上にも達するものもある[6]。樹形は端正な整った円錐形で[9]、枝はほかのマツ科針葉樹と同じく同じ高さから四方八方に伸ばす(輪生)。樹皮は灰褐色から淡灰色で、縦に細かく割れ目が入り、若木の樹皮には皮目が目立ち、若枝には黒色の軟毛が生える[9]。モミ属全般に樹皮が白っぽい灰色である樹種が多いが、モミの樹皮はとても茶色がかっている。

葉はらせん状に互生[4]葉身は細くて固い針状で、若い葉の先端は2裂して鋭く尖っているが[9]、老木では先の丸まった葉をつける。 日本に自生するモミ属では最もが大きくて硬い。

花期は5月[4]雌雄同株[9]。2 - 3年に一度、開花結実する[5]。果期は10月[4]球果は10 - 15センチメートル (cm) と大柄で、はじめ緑色10月頃成熟すると灰褐色になる。成熟すると鱗片が脱落するので、松かさの様にそのままの姿で落下することはない。

冬芽は赤褐色の多数の芽鱗に包まれ、雄花、雌花とも一年枝の葉腋につく[9]

生態

他のマツ科針葉樹と同じく、菌類と樹木のが共生して菌根を形成している。樹木にとっては菌根を形成することによって菌類が作り出す有機酸や抗生物質による栄養分の吸収促進や病原微生物の駆除等の利点があり、菌類にとっては樹木の光合成で合成された産物の一部を分けてもらうことができるという相利共生の関係があると考えられている。菌類の子実体は人間がキノコとして認識できる大きさに育つものが多く、中には食用にできるものもある。土壌中には菌根から菌糸を通して、同種他個体や他種植物に繋がる広大なネットワークが存在すると考えられている[10][11][12][13][14][15]

モミは典型的な陰樹とされ、種子供給源となる母樹の近くの林冠に形成されたギャップにおいて稚樹が成長し更新していくと考えられている。また、土壌中に休眠した埋土種子を大量に蓄えるカバノキ属[16]マツ属ヒノキ科に見られる火災で開く晩生球果(serotinous cone)のような戦略ではなく、耐陰性の高い実生を母樹の周辺に大量に用意しギャップの形成を待っている。モミ実生の耐陰性は高く小さなギャップでも更新することができ、大規模なギャップ形成(大量の倒木や山火事)が起きないような環境ではイヌブナFagus japonica)などよりも優勢になっていくという[17]

ヒノキChamaecyparis obtusa)やツガTsuga sieboldii)と混交する森林においてモミの個体は傾斜40度を超える急斜面によく出現するが、ヒノキは出現しないという。これは急斜面での土砂の移動に対する耐性及びモミの種子が大きいことで発芽直後の成長がよく生存率に差が出たと考えられている[18]。根系は深根性で樹幹同様明瞭な直根を持つ。ヒノキと違いモミは小さな実生のうちから硬い土壌があっても深くまで値を伸ばすという[19]

モミはツクバネBuckleya lanceolataビャクダン科)という寄生性の樹木の寄生を受けることで知られる。ツクバネは自分で光合成をおこなうこともできる[20]が、吸根と呼ばれる特殊な根をモミの根に侵入させ養分を奪い取る[21]。樹上にヤドリギ類も付くことがある。モミに付くものとしてはマツグミ(Taxillus kaempferi オオバヤドリギ科)が知られる。なお、ツクバネ、マツグミともにモミ以外の樹木にも寄生する。何れも宿主となるモミはいくらかの成長阻害を受けていると考えられるが、よくわかっていない。

中間温帯とモミ

中間温帯は気候帯の一種で、温帯のうち暖温帯と冷温帯の間にあると考えられている気候区分である。生態学者の吉良竜夫 (1919 - 2011) の定義では暖かさの指数だけ見た場合には暖温帯に属し、植生としては常緑広葉樹が優先するような場所であるのも関わらず、気温の年較差が大きい(=冬季の気温が低い)ために常緑広葉樹林が成立しないような区域を指す。モミ(およびツガも言われることが多い)やいくつかの広葉樹はこのような気象的なニッチがある場所に出現することが多いとされ、植生学・地理学・生態学などの面から注目されてきた[22][23][24]。このような環境に成立する森林は中間温帯林という呼び名のほか、「モミ・ツガ林」、「暖温帯落葉広葉樹林」と呼ばれることもある。

人間との関係

寒冷地に分布する種類が多いモミ属樹木の中では珍しく温帯に分布する種類であり、かつては東京や大阪近郊でも比較的普通に見られた樹木といわれる。モミは、人里の大気汚染には弱い樹種とされる[25]東京都渋谷区にある地名「代々木」は、明治神宮に代々生えていたモミの巨木に由来するともいわれる。「代々木」のモミは空襲で失われ、都市近郊の里山に生えていたモミ林も大気汚染や開発でその多くが姿を消した。モミの花言葉は、「時間」[4]「とき」[4]とされる。ヨーロッパの文学作品に登場する「モミ」とは、ドイツトウヒオウシュウアカマツを指していることが多い[5]

象徴

神社においてしばしば大木に成長したモミが見られる。スギイチイTaxus cuspidataイチイ科)、クスノキCinnamomum camphora クスノキ科)、イチョウGinkgo biloba イチョウ科)などと並びご神木もしくはそれに準ずる扱いを受けることもある。長野県諏訪地方の祭り御柱祭で用いられる巨大な柱も「樅の柱」とされるが[4]、樹種としては長野県内に分布しモミよりも寒冷地に耐える近縁種のウラジロモミAbies homolepis)だとされる。常緑樹を生命力の象徴や魔除けとして祭ることは日本に限らず、中国やヨーロッパでも知られた風習である。

著名なモミ

クリスマスツリー

日本では、家の中がモメるから、庭には植えないようにとされているが、西洋では人々の畏敬の念の対象となっている[27]

北欧に住んでいたゲルマン民族は、冬至のお祭りの際もみの木に神様への贈り物をささげたとされる。モミの木は常緑樹であるため、冬でも緑を絶やすことなく、西洋では「永遠の命」の象徴とされている。モミの木は、神様の永遠の愛や、イエス・キリストが与えてくれる「永遠の命」を象徴しており、ゲルマン民族の風習とキリスト教が一緒になってクリスマスにモミの木を飾る習慣が広まった。また、もみの木の枝は十字架に似ているということもあり、“聖なる木”と呼ばれるようになった[28]

木材

モミ材は白くてやわらかく、加工が容易という特徴があり[5]、天井板、腰板などの建築材、高級な卒塔婆に使われる[4]蒲鉾の板は、伝統的にモミ類が使われる[4]。またパルプの原料にもなる[5]クリスマスツリーに使われる典型的な樹木であるが、日本ではトウヒのなかまが多く、特にアカエゾマツが好まれる傾向にある[4]。ドイツなどヨーロッパでは、近縁のヨーロッパモミがクリスマスツリーに使われる[5][4]

食料

モミを直接食べるという方法は知られていないが、モミと菌根を形成し栄養をやり取りするキノコを食べるということは間接的にモミを食べているともいえ、モミ林はこれらの菌根性キノコを栽培する場所ともいえる。モミの根は多種の菌類と共生し多様なキノコが発生する。

モミが多い地域ではアカモミタケ(Lactarius laeticolorベニタケ科)というキノコが有名である。この種はほかのキノコと見分けやすく紛らわしい有毒種が知られていないこと、まとまった収量が見込めること、味が良いことなどが人々に評価されている。ヨーロッパにおいてもこの種に極めて近縁で形態も酷似、生態面もモミ属樹木と共生するというLactarius salmonicolorが親しまれている。

脚注

  1. ^ Conifer Specialist Group 1998. Abies firma. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Abies firma Siebold et Zucc.”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年2月5日閲覧。
  3. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Abies firma Siebold et Zucc. f. pendula Honda”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年2月5日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 田中潔 2011, p. 115.
  5. ^ a b c d e f g h 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 280.
  6. ^ a b 辻井達一 1995, p. 26.
  7. ^ 四手井綱英 (1985) ものと人間の文化史 森林1. 法政大学出版会. 東京
  8. ^ 酒井昭 (1977) 植物の積雪に対する適応. 低温科学生物編34, pp. 47 - 78. hdl:2115/17828
  9. ^ a b c d e 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 248.
  10. ^ 谷口武士 (2011) 菌根菌との相互作用が作り出す森林の種多様性(<特集>菌類・植食者との相互作用が作り出す森林の種多様性). 日本生態学会誌61(3), pp. 311 - 318. doi:10.18960/seitai.61.3_311
  11. ^ 深澤遊・九石太樹・清和研二 (2013) 境界の地下はどうなっているのか : 菌根菌群集と実生更新との関係(<特集>森林の"境目"の生態的プロセスを探る). 日本生態学会誌63(2), pp. 239 - 249. doi:10.18960/seitai.63.2_239
  12. ^ 岡部宏秋,(1994) 外生菌根菌の生活様式(共生土壌菌類と植物の生育). 土と微生物24, pp. 15 - 24.doi:10.18946/jssm.44.0_15
  13. ^ 菊地淳一 (1999) 森林生態系における外生菌根の生態と応用 (<特集>生態系における菌根共生). 日本生態学会誌49(2), pp. 133 - 138. doi:10.18960/seitai.49.2_133
  14. ^ 宝月岱造 (2010)外生菌根菌ネットワークの構造と機能(特別講演). 土と微生物64(2), pp. 57 - 63. doi:10.18946/jssm.64.2_57
  15. ^ 東樹宏和. (2015) 土壌真菌群集と植物のネットワーク解析 : 土壌管理への展望. 土と微生物69(1), pp. 7 - 9. doi:10.18946/jssm.69.1_7
  16. ^ 水井憲雄 (1993) 林床に5年間埋めた広葉樹種子の発芽力(会員研究発表論文). 日本林学会北海道支部論文集41, pp. 187 - 189. doi:10.24494/jfshb.41.0_187
  17. ^ 若松伸彦・石田祐子・深町篤子・比嘉基紀・吉田圭一郎・菊池多賀夫 (2017) モミ-イヌブナ林の50年間の林分構造の変化. 植生学会誌34(1), pp. 39 - 53. doi:10.15031/vegsci.34.39
  18. ^ 酒井武・倉本惠生・大黒正・田淵隆一 (1998) ヒノキ,ツガ,モミの種子散布と実生の発生・消長. 森林応用研究7, pp. 71 - 78. doi:10.20660/applfor.7.0_71
  19. ^ 益守眞也・山口順 (2005) 圧密土壌に対する根の成長反応の樹種特性. 樹木医学研究9(2), pp. 65 - 72. doi:10.18938/treeforesthealth.9.2_65
  20. ^ 草野俊助 (1900) つくばね(Buckleya Quadriala B. et H.)ノ吸根(Haustorium)ノ構造. 植物学雑誌14(163), pp. 201 - 206. doi:10.15281/jplantres1887.14.163_201
  21. ^ 草野俊助 (1900) つくばね(Buckleya Quadriala B. et H.)ノ吸根(Haustorium)ノ構造(承前). 植物学雑誌14(165), pp. 263 - 268. doi:10.15281/jplantres1887.14.165_263
  22. ^ 野崎玲児・奥富清 (1990) 東日本における中間温帯性自然林の地理的分布とその森林帯的位置づけ. 日本生態学会誌40(2), pp. 57 - 69. doi:10.18960/seitai.40.2_57
  23. ^ 野上道男 (1994) 森林植生帯分布の温度条件と潜在分布の推定. 地学雑誌103(7), pp. 886 - 897, doi:10.5026/jgeography.103.7_886
  24. ^ 中静透 (2003) 冷温帯林の背腹性と中間温帯論. 植生史研究11(2), pp. 39 - 43. doi:10.34596/hisbot.11.2_39
  25. ^ 辻井達一 1995, p. 27.
  26. ^ 高橋弘 2008, p. 32.
  27. ^ 瀧井康勝『366日 誕生花の本』日本ヴォーグ社、1990年11月30日、284頁。 
  28. ^ なぜクリスマスツリーに使われるのは「もみの木」なのか”. ニッポン放送 (2019年12月9日). 2024年10月7日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク