マルス96
マルス96(ロシア語: Марс-96)はロシア宇宙軍による失敗に終わった火星探査計画。マルス計画同様にマルスの名前がつけられているが直接の関係はない。4段目ロケット機構の2度目の点火に失敗し、4段目ごと本体も地球大気圏に再突入し、チリ、ボリビア上空を通って太平洋に落下した[1]。マルス96は1988年に打上げられたフォボス計画の2機の探査機を基にしている。これらの探査機は当時の新しい設計であったが、両方共に結局失敗に終わっていた。設計者はマルス96計画にむけてフォボス計画の欠陥の修正が出来たと信じていたが、結局打上げ失敗によって修正の意義が証明されることはなかった。 しかしながらこの計画では火星への探査機投入だけでなく、火星表面の地上局設置と衝突貫入体による実験も盛り込まれており、非常に野心的な惑星探査機打ち上げ計画であった。また、フランス、ドイツを始めとする欧州諸国やアメリカより協力を受けて各国の計器が乗せられていた。マルス96の失敗によってこれらの計器は打上げられなかったため、同様の計器が2003年にマーズ・エクスプレスで打上げられている。 科学的目標マルス96は火星の理解に関わるいくつかの問題解明を目的としていた。ミッションの科学的目標は火星の表面・大気・内部構造など火星の変化の歴史の分析であった。航行中には天体物理学研究など他の研究も行われる予定であった。これらはいくつかのカテゴリーに分けることが出来る。 地表の研究では火星全球の地形観測や鉱物マッピング、土壌組成、および両極地域とその深層構造研究などが行われる予定であった。 大気の研究では火星の気候研究、特定元素の存在度、イオンの傾向、水・二酸化炭素・オゾンなどの化学物質の存在、全球観測、時間による気圧変動、エアロゾルの特徴などが行われる予定であった。 内部構造の研究では地殻の厚さの調査、火星の磁場の研究、熱流速研究、活火山の可能性の調査、地震活動の研究などが行われる予定であった。 プラズマ研究では磁場強度と向きの研究、惑星間航行中および火星近郊でのプラズマのイオンとエネルギー構成の研究、磁気圏とその境界の研究が行われる予定であった。 天体物理学研究は火星への航行時期に予定されており、宇宙ガンマ線バーストの研究と太陽やたの構成の変動の研究が行われる予定であった。 設計衛星マルス96の軌道周回衛星は3軸日星安定機構を持っており、これはフォボス計画の両衛星を基礎としていた。展開型高利得アンテナと中利得アンテナを持っており、両サイドに大型ソーラーパネルが取付けられていた。また、火星周回軌道に投入後、投棄可能な推進ユニットを持っていた。2台の地上局は宇宙機上部に付けられており、2台のペネトレイターは推進部分に取付けられていた。また、中央インターフェイス、マイクロプロセッサ、メモリシステムからなるMORIONシステムが搭載されていた。衛星部分は燃料を入れて合計重量が6180 kgで、最小重量が3159 kgであった。 火星地上局それぞれの地上局は直径1 m、高さ1 mのエアロシェルの中にあり、それぞれがステーション運用操作のためにステーションデータ処理ユニット(SDPI)を持っており、送信機とデータ転送のための受信機からなる通信ユニット、2台の放射性同位体熱電気転換器からなる電力供給装置と電池、電池充電操作のための装置などが組込まれていた。また、将来の有人火星探査を行う人々への贈り物として、火星開発を触発したSF作品・音楽・芸術作品などのこめられたCDが詰まれていた。それぞれの火星地上局の期待寿命は1年であった。 ペネトレータそれぞれのペネトレータは前部と後部で大きく構造が違った。火星表面に衝突貫入する前部は切り離して火星表面の5mから6mの位置まで貫入できるように設計されており、後部は地上に残り前部の機器とワイヤで繋がる構造になっていた。前部は雑務装置と分析装置の一部が詰まれており、後部には残りの分析装置と通信装置が含まれており、後部が本体となっていた。それぞれのペネトレータが放射性同位体熱電気転換器と電池から電力を供給され、期待寿命は1年であった。 装置衛星
火星地上局
ペネトレータ
想定されていた運用計画マルス96はフォボス計画の探査機も打上げた4段ロケット、プロトン8K82K / 11S824Fで11月16日に打上げを予定していた。4段目はブロックD-2と呼ばれ、衛星待機軌道への投入時に一度点火し、その後火星への軌道に投入するために再点火される予定であった。4段目を使用し終わると衛星は分離され、アンテナを展開し、衛星付属推進ユニットが使用される予定であった。その後推進太陽電池とPAIS科学プラットフォームを展開する予定であった。 火星までの航行は10か月程度が見積もられ、決定までに2回コース修正が行われた。天体物理学研究は航行中にも行われる予定であり、火星到着は1997年9月12日に見積もられた。 到着の4 - 5日前に、北半球の2箇所の別の場所に着陸させるために両方の火星地上局を投下する予定であった。投下後、マルス96には軌道投入準備として軌道を偏向する操作が行われる。適切な時間に、推進ユニットのメインエンジンを進行方向に向け、その状態で点火し速度を低下させ火星周回軌道に投入する。当初の軌道は近点が500 kmで遠点が52,000 km程度であり、軌道周期は43時間程度が見積もられた。 一方で降下する両地上局は火星表面へ軟着陸する。両方の着陸方法は同一で、これらの地上局は空気抵抗で減速を始め、19.1 kmの高度でパラシュートを展開、18.3 kmの高度でヒートシールドを 分離し、17.9 kmの位置でエアバッグを膨らませ始める。着陸時はパラシュートを切り離しエアバッグをクッションにして地上へ落とされる。エアバッグは役割を終えると地上局を分離して露出させる。その後4枚のペタルを展開し、地上局は上空を飛行するオービターに向けて信号を送るという段取りであった。 火星軌道到達後の衛星部分最初の任務は着陸が確認された火星表面の送信局信号を受信することであった。ペネトレーターの発射は火星周回軌道投入後7日後から28日後までに行われる予定だった。衛星の主要科学フェイズはペネトレーターの投入が終わり、推進ユニットが放棄された後に開始される予定であった。 2機のペネトレータ投下は同時に行われ、衛星からの分離に続いて、安定のためのペネトレータ回転が始まり、落下のために液体燃料ロケットで速度が低下させられる。20 - 22時間後、ペネトレータは火星大気へ達しブレーキ装置が展開される。衝突時には前部が分離され、後部に比べ火星表面の深い位置まで突き刺さる。その後、着陸確認のために衛星との通信セッションを行う。 月軌道投入し、ペネトレーターが投下されておおよそ1か月後、衛星部からLWR装置とARGUSプラットフォーム展開に邪魔となる推進ユニットを分離し、放棄する。衛星は計画では1年間運用される計画であった。推進ユニット分離後は、オービターは軌道維持用の低出力スラスターシステムを利用する。名目上の観測期間の間、ダイモスへの近接飛行が可能であったが、フォボスへの近接飛行は不可能であった。ミッション延長が認められれば、2 - 3か月間の空力制動が維持出来、軌道周期は9時間程度になる予定であった。 ミッション失敗と放射性物質の行方プロトンロケットは1996年11月16日20:48:53に打上げられ、衛星待機軌道までの打上げを成功裏に終えたが、計画されていた4段目ロケットブロックD-2の2度目の点火に失敗し、打上げが成功しなかった。宇宙機を分離し、エンジンは自爆を行おうとしたが不幸なことに4段目は爆破出来ず、宇宙機は地上へ落下することとなった。4段目とマルス96は共に太平洋上へと落下したが、アメリカとロシアの資料によってタイムラインに差異がある[2]。 事故原因の究明のために調査委員会が立ち上げられたが、マルス96打上げ失敗原因がブロックD-2に由来するものかマルス96自体に由来するのか判断することが出来なかった。失敗はロシアの地上局の視認範囲外で実施されたブロックD-2の2度目の点火時に起こっており、打ち上げ失敗原因を特定するのに必要なテレメトリデータが不足していたため調査委員会は終了した。 元々、マルス96の部品は大気で燃え尽き、破片も太平洋へ墜落したと考えられていた[2]。しかしながら、1997年3月アメリカ宇宙軍はマルス96の再突入路想定設計ミスを認めた。コロラドスプリングスにあるアメリカ宇宙軍の報道担当長官Stephen Boylan少佐は「我々は再突入後の数週に渡って、メディアを通じて多数の再突入の目撃者を確認している」とし、「更なる分析によれば、実際は地上へ衝突したと考えることが妥当である」[1]とする。マルス96はチリのイキケ東部32 kmの位置を中心とする南西から北東にかけての長径320 km、短径80 kmの楕円の地域のどこかへ落下したと考えられる[3]。 マルス96には火星大気へ突入するために設計された地上局2基とペネトレータ2基の計4個の部品が搭載されており、これらは原子力電池用に合計200グラムのプルトニウム238を積んでいた。また、これらの降下装置は地球大気への突入時も非破壊で残余可能であった。特に2基のペネトレータは大地との衝突でも安易に破壊されない設計となっていた。しかしながら、ロシアは回収の努力を行っておらず[1]、マルス96やブロックD-2などの破片は見つかっておらず、現在までこれらの放射性物質は回収されていない。 マルス96以降のミッションマルス96以降、ESAがマルス96の技術を元として計画したマーズ・エクスプレスは打上げに成功し、火星探査を行っている。また、ネットランダー、MetNetなどが計画されていたが、ネットランダーは中止され、メットネットは打上げが延期されている。 マルス96からの機器のいくつかはマルス500実験で使用されている[4]。 註
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