マリーア・カテリーナ・ファルネーゼ (Maria Caterina Farnese, 1615年2月18日 – 1646年7月25日)は、モデナ・レッジョ公フランチェスコ1世・デステの妃。パルマ・ピアチェンツァ公ラヌッチョ1世・ファルネーゼとマルゲリータ・アルドブランディーニとの娘。
1631年1月11日、パルマにてフランチェスコ1世・デステと結婚した。[1]2人間に以下の9人の子供がいる[2]。
- アルフォンソ(1632年)
- アルフォンソ(1634年 - 1662年)- ラウラ・マルティノッツィと結婚
- イザベッラ・デステ(1635年 - 1666年) - ラヌッチョ2世と結婚
- エレオノーラ(1639年 - 1640年)
- テダルド(1640年 - 1643年)
- アルメリーゴ(1641年 - 1660年)
- エレオノーラ(1643年 - 1722年) 修道女
- マリーア(1644年 - 1684年) - 姉の死後ラヌッチョ2世と結婚
- テダルド(1646年)
マリーアは1646年に亡くなり、夫のフランチェスコはその妹ヴィットーリアと結婚したが1649年に死別し、ルクレツィア・バルベリーニと結婚した。
参考
- ^ http://www.genealogy.euweb.cz/italy/farnese2.html
- ^ http://www.genealogy.euweb.cz/welf/welf10.html#F1