マリコ・タマキ (英 : Mariko Tamaki 、1975年 - )は、カナダ のコミック原作者 、作家、パフォーマンスアーティスト 。2020年アイズナー賞 最優秀原作者のほか、ヤングアダルト 文学の賞であるマイケル・L・プリンツ賞 オナーをグラフィックノベル 作品によって2度受けている。散文の小説やノンフィクションでも知られる[ 1] 。2016年からはアメリカの二大コミック出版社マーベル・コミックス とDCコミックス の両方で原作者として活動している。
生い立ち・学歴
カナダ のオンタリオ州 トロント において日系カナダ人 とユダヤ系カナダ人 (英語版 ) の家系に生まれる[ 2] 。子供のころは『ニムの秘密 』のようなファンタジー映画やテレビアニメ『トランスフォーマー 』を好んでおり、見たシーンを自身で演じるのも好きだった。児童文学では少女探偵物「トリクシー・ベルデン (英語版 ) 」、地元トロントの作家による「ブッキー (英語版 ) 」シリーズ、『クローディアの秘密 』など、今ではそれほど知られていない作品を愛読していた[ 3] 。
女子中等学校 ハヴァーガル・カレッジ (英語版 ) から[ 4] マギル大学 に進学し、英文学を学んで1994年に卒業した[ 5] 。その後女性学 で修士号を取得し[ 6] 、トロント大学 のPh.Dコースで言語人類学 を研究した[ 7] 。トロント大学でクリエイティブ・ライティングを教えることもある[ 6] 。
同性愛者 であることを公開しており、自作には必ずクィアや人種的に多様なキャラクターを登場させている[ 8] 。
経歴
初期の活動
トロントでパフォーマンスアート の脚本家・演者として活動を始める[ 3] 。アーティストとしてはキース・コール (英語版 ) の「チープ・クィアーズ」に出演したり、プリティ・ポーキー・アンド・ピスト・オフ (英語版 ) というファット・アクセプタンス運動 のグループを立ち上げて公演を行ったりしている[ 9] 。
2000年に最初の小説『カバー・ミー』を出版した[ 10] 。自傷の問題を抱え周囲になじめないでいるティーンの少女が主人公である。「抑うつと向き合う思春期を描いた痛切な物語」と評されており、フラッシュバックの連続で語られている[ 11] 。
グラフィックノベル原作
イラストレーターの従妹ジリアン・タマキ (英語版 ) と共作したグラフィックノベル第1作『スキム (英語版 ) 』は2008年にグラウンドウッド・ブックス (英語版 ) から刊行された(邦訳『GIRL』2009年)[ 12] 。二人はそれまでコミック制作の経験はなく、互いに親交もなかったが、タマキの思い付きから始まった作品は大きな成功を収めることになった[ 6] 。『スキム』はオカルト に傾倒する太り気味の日系女子高生を主人公とした「陰影に富んだ成長物語」[ 12] である[ 13] 。スキムは同性の教師に恋心を抱いたり、美人の同級生と親しくなったことで本来の友人と疎遠になったりするが、それらのドラマは明確には解決されない。文学者ジゼル・バクスターは本作が「身をよじるような苦痛を伴う変化の時期を過ごすことについて、… そして、どこかに所属する必要とそれに抗う心の衝突について」の作品だと書いている[ 14] 。主人公のクィアネス は、作者タマキによると主題の中心というわけではない。「『スキム』は若さについて、そこに内包されうるあらゆる奇妙な体験についての物語だと思っています」[ 15] 。プロットは最小限、セリフは簡潔であり、ある評者によると「表現主義的で流れるような白黒のイラストレーションが長々とした散文の代役を果たしている」[ 14] 。タマキが語るところでは、作風の上でエルジェ 、イゴルト (イタリア語版 ) 、ヴィットリオ・ジャルディーノ (イタリア語版 ) のような漫画家、さらにアジアの作品から影響を受けているものの、ルーツはダニエル・クロウズ 、チェスター・ブラウン (英語版 ) 、ウィル・アイズナー のようなアメリカンコミックだという[ 16] 。
次作『エミコ・スーパースター』は作画家スティーヴ・ロルストン (英語版 ) との共作で、2008年にDCコミックス の少女向けレーベルMinx (英語版 ) から刊行された[ 17] 。パフォーマンスアートやモントリオール のオープンマイク イベント「ガールスピット」(Girlspit) に触発された作品で[ 15] 、郊外での生活に物足りなさを感じていた主人公エミコはパフォーマンスアートの公演に足を運んで感銘を受け、自身も演者になろうとする。「カウンターカルチャー 界の虚名に飲み込まれながら、本当の自己、心の声、本性を見つけ出す物語」と評されている[ 18] 。
2014年、再びジリアン・タマキと組んで『ディス・ワン・サマー (英語版 ) 』をファーストセコンド・ブックス (英語版 ) から出版した(邦訳『THIS ONE SUMMER』、2021年)。カナダの湖畔を舞台に、毎年の夏休みを隣同士のコテージで過ごす二人の女の子、ローズとウィンディが主人公となる[ 6] 。思春期の入り口に差し掛かった子供の視点から[ 19] 、地元の青年への一方的な思慕や、ローズの両親の間のわだかまりなど、周囲の大人たちを含めたリアルで繊細な人間関係が描かれている[ 6] 。
ローズマリー・ヴァレロ=オコンネル (英語版 ) と共作した『ローラ・ディーン・キープス・ブレーキング・アップ・ウィズ・ミー (英語版 ) 』は2019年にファーストセコンドから刊行された[ 20] 。レズビアンの女子高生フレディは学校で最も人気があるローラ・ディーンと付き合っているが、移り気で不実な言動に引き込まれるあまり、別の親友との間に距離を生じてしまう[ 21] 。野中モモ によると、「カミングアウトするか否かや同性愛嫌悪に苦悩する必要はもうそれほどないカリフォルニア州バークレーの進歩的な環境」を舞台にした思春期の恋愛物語である[ 22] 。タマキはこの作品について、完璧な相手と出会って終わる物語ではなく、心から惹かれる一方で自分にとって有害な相手との関係を主題にしたかったと語っている[ 3] 。
メジャーコミック出版社での活動
2016年からはスーパーヒーロー・コミックの原作 を手掛け始めた。マーベル・コミックス では『ハルク 』誌の派生キャラクターであったシーハルク が「ハルク」の名で活躍するストーリーアークに起用された[ 23] 。DCコミックス ではミニシリーズ『スーパーガール : ビーイング・スーパー』を書いた。そのほかマーベルのX-23 (英語版 ) など、キャラクターの内面に焦点を当てたストーリーラインを多く手掛けている[ 3] 。
2017年、ブーム!スタジオズ (英語版 ) のコミックシリーズ『ランバージェーンズ (英語版 ) 』のノベライズを書き始めた[ 24] 。
2019年11月、再びマーベルで全4号のミニシリーズ『スパイダーマン&ヴェノム: ダブル・トラブル』の原作を書いた[ 25] (邦訳2021年)。
2021年8月、DCコミックスのヤングアダルト 向け書き下ろしグラフィックノベルシリーズの一冊として『アイ・アム・ノット・スターファイヤー』が出た[ 26] 。作画はヨシ・ヨシタニによる。DCコミックスの他作品とはストーリー的に独立した一冊で、主人公マンディ・コリアンダーはティーン・タイタンズ の一員として名高いスターファイヤー の娘である。母親と正反対の性格のマンディは周囲から色眼鏡で見られて孤立し、母への反発、セクシュアリティ の混乱、進路の悩みに立ち向かう[ 27] [ 28] 。
2021年にはDCコミックスの「フューチャー・ステート (英語版 ) 」イベントの一環として作画家ダン・モーラと組んで『ダーク・ディテクティブ』を書いた。同誌は1月から2月にかけて全4号が刊行された。続く3月にタマキとモーラは『ディテクティブ・コミックス』(バットマン の本誌)第1034号から新しくレギュラー制作チームとなった。ウェブメディアCBR によると、同誌の長い歴史の中で最初の女性レギュラー原作者である[ 29] 。
2019年、エイブラムス・ブックス (英語版 ) でシュアリー・ブックスというインプリント を起ち上げ、キュレーター・編集者の役割に就いた。ノンジャンルでLGBTQIA の作家や作品を扱うグラフィックノベルのレーベルで、2021年から刊行が始められた[ 8] [ 30] 。
受賞
『スキム』は2009年にイグナッツ賞 、ジョー・シュースター賞 (英語版 ) 、ダグ・ライト賞 (英語版 ) を受賞し、カナダ総督文学賞 (英語版 ) 児童文学部門にノミネートされた。2012年には同作などによりLGBT 作家を対象とするカナダのデイン・オジルビー賞 (英語版 ) 栄誉賞を受けた[ 31] 。
『ディス・ワン・サマー』は2014年イグナッツ賞にノミネートされ[ 32] 、2015年にはマイケル・L・プリンツ賞 オナーとアメリカ図書館協会 コールデコット賞 を受けた。翌年にはドイツのルドルフ・ディルクス賞を青春ドラマ・成長物語部門で受賞した。
2019年、『ローラ・ディーン・キープス・ブレーキング・アップ・ウィズ・ミー』でイグナッツ賞グラフィックノベル部門[ 33] 、ハーベイ賞 児童・ヤングアダルト部門を受賞した[ 34] 。翌年には2度目となるマイケル・L・プリンツ賞 オナーを受け[ 35] 、多様性の推進を掲げるウォルター・ディーン・マイヤーズ児童文学賞をティーン部門で受賞した[ 36] 。2020年アイズナー賞では同作でティーン向け部門を受賞しただけでなく、同作および『ハーレイ・クイン: ブレーキング・グラス』『アーチー (英語版 ) 』で最優秀原作者に輝いた[ 37] 。
作品
小説
エッセイ
コミック原作
オリジナル
マーベル・コミックス
DCコミックス
Supergirl: Being Super (2016-2017)
Harley Quinn: Breaking Glass , illustrated by Steve Pugh (2019, ISBN 9781401283292 )
Dark Detective , #1-4, illustrated by Dan Mora (2021)
I am Not Starfire , illustrated by Yoshi Yoshitani (2021, ISBN 9781779501264 )
ダークホース・コミックス
脚注
^ “Mariko Tamaki ”. The Oakland Artists Project. 2021年11月6日 閲覧。
^ “Tamaki no fake” . NOW . (2005年6月30日). オリジナル の2014年1月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140112084638/https://nowtoronto.com/books/story.cfm?content=148090 2021年11月7日 閲覧 . "The title of this collection of essays reflects a theme in Tamaki’s work: the paradox of her identity. She’s half Jewish and half Japanese, which translates as "Asian" to ignorant people."
^ a b c d “Why writing realistic teenage stories and comic books is important to Mariko Tamaki ”. CBC (2019年6月27日). 2021年11月6日 閲覧。
^ Cole (11 January 2001). “Mariko Tamaki ”. nowtoronto.com . 2021年11月7日 閲覧。 “Havergal (Tamaki’s alma mater)”
^ “As comics become a cultural force, McGill graduates are making their mark ”. McGill News (2009年6月17日). 7 January 2014時点のオリジナル よりアーカイブ。2021年11月7日 閲覧。 “It’s a safe bet that no one was more surprised by MARIKO TAMAKI’s sudden, overnight success in the comics realm than Tamaki, BA’94, herself.”
^ a b c d e “Summer Blues: Mariko Tamaki and Jillian Tamaki ”. Publishers Weekly (2014年4月11日). 2021年11月6日 閲覧。
^ “Skim, a beautiful graphic novel ”. Xtra. 2021年11月6日 閲覧。
^ a b “Queer comic creator and Surely Books founder Mariko Tamaki is tired of diversity panels ”. SYFY WIRE (2021年7月1日). 2021年11月20日 閲覧。
^ “Indie Comics Spotlight: Surely Books founder Mariko Tamaki is tired of diversity panels ”. SYFY. 2021年11月1日 閲覧。
^ “Cover Me ”. Quill and Quire. 2021年11月6日 閲覧。
^ Muser, Ilyse (October 2001). “Review of Cover Me”. Journal of Adolescent and Adult Literacy 45 (2): 171.
^ a b “Skim: Tales of a Teenage Wicca ”. Publishers Weekly (2008年3月3日). 2021年11月6日 閲覧。
^ “Capturing the complexity of Kim's world ”. The Irish Times. 2021年11月6日 閲覧。
^ a b Baxter, Gisele M. (Winter 2009). “The School of Life”. Canadian Literature 203 : 133–134.
^ a b Whittal, Zoe (Fall 2008). “Graphic Scenes”. Herizons 22 (2): 37–39.
^ “Skim: Book Review”. Kirkus Reviews 76 (23): 18. (1 December 2008).
^ “Emiko Supersutar ”. Steve Rolston. 2021年11月3日 閲覧。
^ Gorman, Michele (March–April 2009). “Getting Graphic: Comic Chick Lit”. Library Media Connection 27 (5): 42.
^ “This One Summer ”. Kirkus (2014年5月6日). 2021年11月6日 閲覧。
^ “Laura Dean Keeps Breaking Up With Me ”. us.macmillan.com . 25 September 2019 閲覧。
^ “The best comics of 2019 ”. Polygon (2019年12月30日). 2021年11月7日 閲覧。
^ 野中モモ (2020年8月8日). “北米漫画界を前に進めるクィア・パワー:『ハーレイ・クイン:ガールズ・レボリューション』とマリコ・タマキ──「モダン・ウーマンをさがして」第32回 ”. GQ JAPAN. 2021年11月16日 閲覧。
^ “Marvel Announces New Jennifer Walters Hulk Series ”. CBR (2016年9月19日). 2021年11月7日 閲覧。
^ “See an Exclusive Look at the Cover for the First 'Lumberjanes' Novel ”. Meredith (2017年3月1日). 2021年11月7日 閲覧。
^ “Venom Finally Gets His Own Theme Song in Spider-Man & Venom: Double Trouble #1 [Preview] ” (2019年11月3日). 2021年11月7日 閲覧。
^ Johnson (November 30, 2020). “Meet Starfire's Gay Goth Daughter Mandy, in I Am Not Starfire YA OGN ”. Bleeding Cool . December 6, 2020 閲覧。
^ “DC's I Am Not Starfire Soars Above and Beyond Expectations ”. ScreenRant. 2021年11月3日 閲覧。
^ “Starfire's Daughter Mandy Introduced in New DC Graphic Novel ”. ScreenRant. 2021年11月3日 閲覧。
^ “Mariko Tamaki Is Detective Comics' First Long-Term Female Writer ”. CBR (2020年12月6日). 2021年11月7日 閲覧。
^ “New Imprint for Graphic Novels Aims to Increase the Presence of Queer Authors ”. The New York Times (2019年10月3日). 2021年11月20日 閲覧。
^ “Amber Dawn receives Writers’ Trust Dayne Ogilvie Prize for LGBT Authors ”. The Book and Periodical Council. 2021年11月3日 閲覧。
^ Canva (18 August 2014). “SMALL PRESS EXPO: Here are your nominees for the 2014 SPX Ignatz Awards… ”. The Washington Post . 18 August 2014 閲覧。
^ MacDonald (16 September 2019). “'Laura Dean Keeps Breaking Up With Me' leads 2019 Ignatz Award winners ”. comicsbeat.com . 25 September 2019 閲覧。
^ Arrant (2019年10月5日). “And the Winners of the 2019 HARVEY AWARDS are... ”. Newsarama . 2021年11月7日 閲覧。
^ “Michael L. Printz Winners and Honor Books ”. Young Adult Library Services Association. 2021年11月4日 閲覧。
^ “We Need Diverse Books Names 2020 Walter Dean Myers Award Winners ”. School Library Journal. 2021年11月3日 閲覧。
^ “And the winners of the 2020 Will Eisner Comic Industry Awards are... ”. Newsarama (25 July 2020). 3 August 2020 閲覧。
^ “NYCC: Tamaki Sends Lara Croft on New Adventures in "Tomb Raider II" Series ”. comicbookresources.com (2015年10月8日). 2021年11月7日 閲覧。
外部リンク