プリズ級深海救難艇
プリズ級深海救難艇(ロシア語: Спасательные глубоководные аппараты проекта 1855 шифр «Приз» :1855計画型深海救難艇)はソビエト海軍/ロシア海軍の深海救難艇である[1]。“プリズ(Приз)”とはロシア語で“賞品”の意。 2005年8月に発生した訓練中の浮上不能事故については後述の#AS-28浮上不能事故を参照のこと。 概要プリズ級深海救難艇は1986年から1991年にかけて4機が建造された。それまでに建造された深海救難艇である1837型や1832型とは異なる外観を持っており、船体中ほどに配置された大きめのセイルが特徴である。 乗員は4人で最大20人まで収容できる。全長13.5mで全高5.7mである。排水量は55 m³で潜水時は110 m³である。最大深度は1000mである。チタン製の耐圧殻を持つ。最高速度は3.7 knots (6.9 km / h)である。最大120時間分の空気の供給量が搭載される。 AS-26、AS-28、AS-30、AS-34の四隻が、05360型、または05361型救難艦に二隻ずつ搭載されて運用されている。過去には940型救難潜水艦(NATOコードネーム:インディア型潜水艦)にも搭載された。 本級の後継としてはベスター級深海救難艇(18270型、船体番号AS-36)(伊語版)がある。 AS-28浮上不能事故ロシア海軍太平洋艦隊に所属するプリズ級深海救難艇である、AS-28は2005年8月4日、カムチャッカ沿岸のBeresowaja湾の南東沖70kmの地点で訓練中、深度180mで潜行時に古い魚網に絡まり身動きが取れなくなり、乗員7人が搭乗したまま浮上不能となった。 クルスクの事故の時とは異なりロシア海軍は他国へ救援を求めた。 イギリス、アメリカが無人探査機を空輸し、日本は潜水艦救難母艦ちよだを含む4隻の艦船を現場へ向かわせた。 8月7日早朝、最初に到着したイギリス海軍の無人探査機、スコーピオが鋼線を切断することによって障害物を取り除いた。5:26 (CET)AS-28は自力で浮上し、乗員は全員無事だった。 A事故の後、2004年に4機に対する近代化が計画された。2005年~2008年にかけてテレビカメラやマニピュレータや10mm径の金属製のロープを切断出来る切断装置や水中溶接機、等を搭載する近代化改修をKrasnoye Sormovo第12工場で実施した[2][3][4]。 最初の改修は2億4000万ロシア・ルーブルで次の機体は2億ルーブルかかる[5]。 同型艦
脚注・出典
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