フレディ&ザ・ドリーマーズ
フレディ&ザ・ドリーマーズ (Freddie and The Dreamers)は、イギリスのバンド。 子供受けする楽曲や、飛んだり跳ねたりするユニークなステージアクトで、人気を博す。 主要メンバー
来歴デビュー前リーダーのフレディ・ギャリティは、1936年11月14日、マンチェスターに生まれる。彼のアイドルは、アル・ジョルソンだった。学校を卒業した彼は、クツ屋、エンジニア、牛乳配達等を転々とし、当時イギリスでブームになったスキッフルのバンドに身を置いていた。 レッド・ソックスやジョン・ノーマン・フォーを経て知り合ったロイ・クリュードソンと共に、キングフィッシャーズを結成。デレク・クイン、ピート・ビレル、バーニー・ドワイヤーの三人が加わり、グループはフレディ&ザ・ドリーマーズと名乗る。グループは、デビュー前のザ・ビートルズとも1962年9月12日、キャバーン・クラブで共演している。 デビューへクラブやボールルームを廻っていた彼らは、第2のビートルズを探していたEMIのタレント・スカウトに見出され、1963年6月、ジェームズ・レイのカバー「恋の傷 (If You Gotta Make A Fool Of Somebody)」でデビューする。チャートの3位を記録する。 続く「好きなんだ (I'm Telling You Now)」も2位、「君は僕の君 (You Were Made For Me)」は3位を記録し、デビュー以来3曲連続全英トップ3入りという快挙を達成する。そして、1963年リリースのアルバム『Freddie And The Dreamers (日本語タイトル:フレディとドリーマーズ登場)』もイギリスのチャートで5位を記録。さらに、映画『ホワット・ア・クレイジー・ワールド』『毎日が休日』等にも出演。 渡米1964年、民謡蛍の光をアレンジした「アイ・アンダースタンド」が5位を記録して以後、イギリスでは大ヒットに恵まれていないが、1965年頃アメリカで人気が出る。彼らはアメリカに行き、『シンディグ!』や『エド・サリヴァン・ショー』等に出演を果たす。そしてアメリカで「ドゥ・ザ・フレディ」が18位、「好きなんだ」が1位を、それぞれ記録する。更に、ギャリティが曲の間奏等で、両手両足を振り上げたり、ジャンプして奇声を上げるステージアクトが、いつしかザ・フレディと名付けられるようになった。 しかし、アメリカでのブームが終わると、本国イギリスに戻り、活動を続けるが、ヒットは出ず、1968年に解散。ギャリティとビレルは、子供向けの番組、『リトル・ビッグ・タイム』に出演する。 後年そして1976年、ギャリティは、新たなメンバーで、ドリーマーズを再結成、オーストラリアやイギリス、アメリカを廻っている。 しかし、ギャリティは肺高血圧で、これ以上活動を続けるのは良くない、と医師から診断され、2001年2月のコンサートをもって引退する。 オリジナル・メンバーの一人だったドワイヤーは、2002年12月4日、肺癌で死去。62歳だった。 そしてギャリティも、肺気腫にかかり、闘病していたが、2006年5月19日に死去。69歳だった。 ドリーマーズは、現在卸小売業をしているデレク・クイン[2]の息子、マイク・クインを中心に活動している。 ディスコグラフィーシングル・ディスコグラフィー
アルバム・ディスコグラフィー
脚注
参考文献
関連項目 |
Portal di Ensiklopedia Dunia