ビタリー・ジョロボフ

ビタリー・ミハイロビッチ・ジョロボフ
ビタリー・ジョロボフ(右)
宇宙飛行士
国籍 ソビエト連邦
生誕 (1937-06-18) 1937年6月18日(87歳)
ウクライナZburjevka
他の職業 技術者
階級 ソ連空軍大佐
宇宙滞在期間 49d 06h 23m
選抜試験 Air Force Group 2
ミッション Soyuz 21
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ビタリー・ミハイロビッチ・ジョロボフロシア語: Виталий Михайлович Жолобов、1937年6月18日 -)はソビエト連邦宇宙飛行士。フライトエンジニアとしてソユーズ21号に搭乗した。

経歴

元々ソ連空軍のエンジニアで階級は大佐。1963年1月8日に宇宙飛行士に選抜される[1]

1976年7月6日にソユーズ21号によって打ち上げられ、宇宙ステーションサリュート5号に滞在する。しかし極度の宇宙酔いになり、おそらくは他の理由もあってミッションは短縮され、49日後の8月24日に地球に帰還している[1]

宇宙飛行を再び行うことはなかったものの、ジョロボフは1981年までソ連の宇宙計画に身をおき、その後地質学研究グループのディレクターとなる[1]

参考文献

  1. ^ a b c Biographies of USSR / Russian Cosmonauts Vitali Mikhailovich”. Spacefacts. 2010年9月7日閲覧。

外部リンク

 

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