ネオスチグミン
ネオスチグミン(英: neostigmine)は、カルバメート化合物の一つで、コリンエステラーゼ阻害剤である。非脱分極性筋弛緩薬の拮抗や、アセチルコリン関連の調節機能の改善に用いられる。 市販の点眼薬にもピント調節機能の改善を目的に、メチル硫酸ネオスチグミンとして含まれていることがある。 概要1932年にコリンエステラーゼ阻害薬として合成された。アセチルコリンエステラーゼ(以降、AChE)を可逆的に阻害することで、薬剤としての効果を果たす。ネオスチグミンのCAS登録番号は59-99-4であり、IUPAC命名法では 3-{[(dimethylamino)carbonyl]oxy}-N,N,N-trimethylbenzenaminium となる。半合成の4級アンモニウム化合物であるため、天然では存在しない。 ネオスチグミンは抗d-ツボクラリン(以下、ツボクラリン)作用を有し、自律神経節、神経筋接合部におけるAChEを阻害することで、重症筋無力症の治療や非脱分離極性筋弛緩剤の拮抗に用いられる。ネオスチグミンは、腸管神経叢および神経筋接合部における神経伝達を改善することにより、消化管運動を亢進させる[1]。ネオスチグミンはアセチルコリンの利用可能性を増加させるので、アセチルコリンの放出と平滑筋の機能が比較的保たれている場合にのみ運動性を増加させることができる[1]。 作用機序ヒトでは、ネオスチグミンは特に消化管、神経筋接合部に作用して、AChE阻害作用を示す。神経筋接合部でのアセチルコリンを増加させて、アセチルコリン受容体で筋弛緩薬との競合的作用により筋弛緩薬の作用を拮抗させる。フィゾスチグミンのようには血液脳関門を通過し難く、中枢神経にほぼ移行しないため、フィゾスチグミンとは作用や適応が若干異なる。 非脱分極性筋弛緩剤の作用の拮抗にネオスチグミンを静脈内注射するにあたっては、緊急時に十分対応できる医療施設において、ネオスチグミンの作用及び使用法について熟知した医師のみが使用すること、と添付文書に明記されている。 適応ネオスチグミンは以下のような適応を持つ。
なお、筋弛緩回復剤としては天井効果がある。 禁忌ネオスチグミンの禁忌には、以下のようなものがある[2]。 禁忌
投与に注意を要する
妊婦、産婦、授乳婦等への投与胎児危険度分類や法的規制は無いが、安全性が確立されていないため、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましいとされる。 副作用ネオスチグミンを含めて、カルバメート系の副作用には副交感神経症状がある。 使用にあたって特に頻繁に遭遇するものは以下の通りである。
頻度不明となっているが、点眼薬で使用した後に一過性の眼圧上昇と調節けいれんが報告されている。そのため、閉塞隅角ないし狭隅角緑内障の患者、及び狭隅角や前房が浅いなどの眼圧上昇の素因のある患者が使用する場合には、急性閉塞隅角緑内障の発作を起こすおそれがあるため注意が必要である。 コリン作動性クリーゼの諸症状(腹痛、下痢、発汗、唾液分泌過多、縮瞳、線維束攣縮など)が認められた場合、直ちに使用を中止しなければならない。また必要に応じて、アトロピンの静注や人工呼吸又は気管切開等を行い気道を確保すること、となっている。 まれに筋無力症状の重篤な悪化が起こる場合が確認されている。 過量摂取ネオスチグミンを過量に摂取した人は、コリン作動性クリーゼが出現する。その場合の処置は上記したように、アトロピンの静注や気道の確保が主である。 薬物動態学ネオスチグミンは経口、経静脈、点眼の各経路で投与できる。経口、静脈内注射で投与されると速やかに吸収されて最高血中濃度に達するため、副作用の副交感神経症状が出現しやすい。肝臓で約30%がアルコールに代謝され、未変化体も含めて、速やかに尿中に排泄される。そのため、半減期がおよそ1-2時間ほどと短い。 薬物相互作用ネオスチグミンを他の薬剤と併用投与する場合、薬理学的な薬物相互作用の可能性に注意を払わなければならない。とりわけ、脱分極性筋弛緩剤、コリン作動薬、副交感神経抑制剤との併用は避けるべきである。
処方例状況、重症度、そして体重・年齢などによって処方は変化する。 一般に生理機能が低下している高齢者では、抗コリン作用による緑内障、記銘障害、口渇、排尿困難、便秘などが出現しやすいので、減量するなど慎重に投与する必要が求められる。
人工射精への応用ネオスチグミンを男性の脊髄に注入することで射精を誘発することができる。この方法はネオスチグミンクモ膜下注入法と呼ばれ、1947年にルートヴィヒ・グットマン(Ludwig Guttmann)が開発し、日本においても1982年以降臨床事例がある。 重度脊髄損傷による射精障害をもつ男性患者(32歳、180cm、74kg、筋肉質、仮性包茎)に対し、メチル硫酸ネオスチグミン0.5mg~1.0mgを脊髄に直接注入。その後患者を仰臥位にさせ、陰茎に精液を受けるカップを装着して経過を観察したところ、注入から1時間半から5時間半で嘔気、嘔吐と頭痛を伴いながら数分間の勃起とともに数度にわたって射精した。この人工射精は1984年から1986年まで当該患者に対し10回にわたって神戸大学医学部において行われ、採取した精液を患者の妻に対しAIH法によって人工授精が行われた。1986年の10回目で女児を挙げることに成功した[3]。 暗殺に使用されたとする報道韓国ではボールペンに似せた発射機で針を飛翔させ、針に塗布した臭化ネオスチグミンで対象者を殺害するという暗殺用途にも使用され、10mgで対象者を速やかに殺害できるという報道が朝鮮日報によってなされた[4]が、5mgの注射剤が利用可能であり、半数致死量は0.3mg/kgである[5](例えば、仮に体重が100kgであるとすれば推定半数致死量は30mgである)ため、報道された用量においては現実的な暗殺の手段としては考えにくく、信憑性に乏しい。 剤形脚注
関連項目参考文献
外部リンク
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