デルロン・バックリー
デルロン・セバスティアン・バックリー(Delron Sebastian Buckley, 1977年12月7日 - )は、南アフリカ共和国・ダーバン出身の元同国代表の元サッカー選手。 来歴クラブ地元のButcherfille Rovers Durbanでキャリアを始め、17歳の時にドイツでのキャリアのほとんどを過ごすことになるVfLボーフムと契約を結んだ。1995年にユースチームを経てブンデスリーガデビューをし、1998年からレギュラーを勝ち取りスタメン出場していった。 ボーフムで9シーズン過ごした後、2004年にアルミニア・ビーレフェルトへ移籍すると15ゴールを決め、チームを降格の危機から救う活躍を見せた。チームは常に苦しい状況だったが、シーズン終盤に審判を小突き6週間の出場停止[1]があったものの、バイエルン・ミュンヘン相手に2ゴールを決める[2]など、またプライベートでは娘が生まれ[3]、個人的には最高のキャリアを過ごした。 この活躍からビッグクラブの関心を寄せ、ビーレフェルトでこの1シーズン過ごしただけでボルシア・ドルトムントと移籍金42万5000ユーロで4年契約を結んだ[4]。ミヒャエル・ツォルクゼネラルマネージャーは、"スピードのあるウィンガーで我々の4-3-3システムに完全に合う", "CFにピンポイントパスを送る能力がある"と語っていたが[5]、28試合に出場するもノーゴールと失敗に終わったため、翌2006-07シーズンはスイスのFCバーゼルへ完全移籍のオプション付きで貸し出された[6]。2006年9月10日、ザンクト・ヤコブ・パルクにFCチューリッヒを迎えた試合でデビューをし、2-1で勝利した[7]。2007年7月にドルトムントへ復帰してからは、2007-08シーズンをレギュラーとしてプレーしていたが、ユルゲン・クロップが監督に就任するとベンチを温める日々が続いたため、2009年2月から1.FSVマインツ05でシーズン残りを過ごすことになり、6月30日に放出された[8]。 その後、キプロスのアノルトシス・ファマグスタへ加入し2010-11シーズンの終わりまで過ごした。2011年2月にドイツ2部のカールスルーエSCへ移籍。2012年6月26日、マリッツバーグ・ユナイテッドFCと契約を結び、南アフリカ生まれながらキャリアで初めて母国でプレーすることになった[9]。 代表1998年5月20日のザンビア戦で南アフリカ代表としてデビュー。代表チームでは70試合以上に出場し、1998 FIFAワールドカップ, 2002 FIFAワールドカップ大会に出場している。 代表歴出場大会試合数
脚注外部リンク
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