ディエゴ・コスタ

ディエゴ・コスタ
生誕 1576年天正4年)
ポルトガル王国
死没 1633年寛永10年)
日本江戸幕府下)、長崎
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ディエゴ・コスタポルトガル語:Diego Costa)は、16世紀後期から17世紀前半にかけてのイエズス会宣教師

コスタ神父とも呼ばれる[1]

概要

1576年天正4年)に生まれたとされる[1]

のちにイエズス会に属して宣教師となり、慶長14年(1609年)には来日してキリスト教布教を始めたという[1]

しかし、慶長19年(1614年)の慶長の大追放マカオへ一時的に逃走した[1]

翌年にはマニラを経由して長崎から再入国し、中国地方を中心に活動したが、周防国で捕えられて長崎へ送られ、寛永10年(1633年)に長崎で斬首された[1]

脚注

  1. ^ a b c d e 『戦国人名事典 コンパクト版』、332 - 333ページ

 

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