チャド・ワッカーマン
チャド・ワッカーマン(Chad Wackerman、1960年3月25日 - )は、アメリカ合衆国のジャズ、フュージョン、ロック・ドラマー。 フランク・ザッパ[1]、バーブラ・ストライサンド、アラン・ホールズワースとの共演を初めとして、バンド・メンバー、セッション・ミュージシャン、サイドマン、チャド・ワッカーマン・トリオのリーダーとして幅広く活動してきた。 ジョン・ワッカーマン[2](ドラム)、ブルックス・ワッカーマン(ドラム)、ボブ・ワッカーマン[3](ベース)の兄である。 音楽キャリアワッカーマンはカリフォルニア州シールビーチで、音楽漬けの家族に育った。父親のチャックはドラマーで、受賞歴のある音楽教師でもあり、中学校と高校でジャズを専門に教えてきた。ワッカーマンと弟のジョンとブルックスは熟達したドラマーでありマルチ奏者である。ジョンは『Drum Duets Vol.1』というタイトルのアルバムを録音した[4]。 1978年、ジャズのトロンボーン奏者ビル・ワトラスのバンドに参加した。 フランク・ザッパとの活動1981年から1988年までフランク・ザッパと共演し、ロック・アルバム[注釈 1]やツアー[注釈 2]に参加したほか、1983年にロンドン交響楽団と共同でザッパが作曲した作品のコンサート[注釈 3]とレコーディング・セッション[注釈 4]に参加した。 彼とスティーブ・ヴァイによるとザッパのバンドのオーディションは大変なもので[4]、「Mo 'n Herb's Vacation」や「The Black Page」に代表される難曲を演奏する事は容易ではなかった。ザッパはリハーサルやツアーでメンバーに厳しい規律を課した。彼はテリー・ボジオやヴィニー・カリウタと並んで[注釈 5]、ザッパが要求した高い音楽水準に達する見事な演奏をしたドラマーに挙げられる。 サイドマンとセッション・ミュージシャンとしての活動1985年、オーストラリアのロック・バンド「メン・アット・ワーク」のツアーに参加したが、レコーディングには加わらなかった。1987年、バーブラ・ストライサンドのアルバム『One Voice』で演奏し、サポートするビデオに出演した。またアラン・ホールズワース、スティーヴ・ヴァイ[注釈 6]、アンディ・サマーズ[5]、エド・マン[注釈 7][6][7][8]、アルバート・リー、コリン・ヘイ、ドゥイージル・ザッパ[注釈 8]、トム・グラントなどの多様なアーティストとアルバムをレコーディングし、ツアーを行った。さらに、デニス・ミラー初の深夜のトークショー番組でハウスバンドのドラマーを務めた。 またジェームス・テイラー、マーク・リン=ベイカー、ラリー・スウィーニー、ジョン・パティトゥッチ、ジェフ・ローバー、ジョー・サンプルのツアーに随行したほか、彼に先立って1975年から1978年までザッパと活動したテリー・ボジオ[注釈 9]と一連のオール・パーカッション・コンサートのツアーを行った。 彼は1995年から2005年までの10年間、オーストラリアに住んでいたが、2005年7月にカリフォルニアへと戻った。 スティーヴン・ウィルソンのアルバム『レイヴンは歌わない』(2013年)をサポートするツアーにドラマーのマルコ・ミンネマンに代わって参加した[1]。 チャド・ワッカーマン・トリオ現在のチャド・ワッカーマン・トリオは、チャド・ワッカーマン(ドラム)、ダグ・ラン(1954年-2017年)(ベース)、マイク・ミラー(ギター)で構成されている。彼のソロ・アルバムにはアラン・ホールズワースが参加した[9]。 ディスコグラフィソロ・アルバム
脚注注釈
出典
引用文献
外部リンク |