ジョゼフ・ハリール・アウン(アラビア語:جوزيف خليل عون, 文語口語混合一般呼称:Jōzēf Khalīl ʿAwn(/ʿAun、ジョーゼーフ・ハリール・アウン), 口語アラビア語発音:Jōzēf Khalīl ʿOun(ジョーゼーフ・ハリール・オウン)/ʿŌn(オーン)、英字表記:Joseph Khalil Aoun、1964年1月10日 - )[1]は、レバノンの政治家、軍人。同国第13代大統領。2017年から第14代レバノン軍の統合司令官を兼任。マロン派キリスト教徒。
日本語の報道では「ジョセフ」と表記されることもある。
略歴
1964年に首都ベイルート東郊のスィン・アル=フィール(スィン・エル=フィール)(英語版)で、中流階級の子として誕生。アウンの家族はレバノン南部のアル=アイシーヤ(英語版)から移住してきた[2]。コレージュ・モン・ラ・サール(英語版)で中等教育を受ける。
2007年にレバノン・アメリカン大学(英語版)で政治学と国際問題学の学士を取得し、レバノン陸軍士官学校で軍事科学の学士号を取得した[3][4][5]。
軍歴
1983年にレバノン軍に入隊。入隊中、アウンは2008年に米軍との合同軍事演習に参加し、2015年から陸軍第9歩兵旅団の団長も務めている。レバノン内戦下の1990年、レバノン軍特殊部隊「ファウジュ・アル=マガーウィール」に中尉として従事。隊長であったバッサーム・ジェルジー(英語:Bassam GergiないしはBassam Jerji[6])が戦死すると、アウンは後任の隊長として最前線の指揮を行った。
2017年3月8日、レバノン政府は彼をジャン・カフワジー(英語版)の後任として、アウンをレバノン軍統合司令官に任命した[7]。在任中、ISILやアル=ヌスラ戦線との戦闘の指揮を行い、同年8月9日にはISILの拠点を攻撃し、弱体化させた[8]。2021年3月8日、アウンはレバノン経済危機(英語版)が起こると政府の対応を熱烈に批判。やがて、この批判によってアウンの名は広まる[9]。
2023年10月15日、アマルや進歩社会党などの野党から支持を得て、国民議会で統合司令官としての任期を延長を許可[10]。その直前にガザ地区のハマスがイスラエルを奇襲攻撃して両者の全面戦争に発展し、ハマスと連携するヒズボラが拠点とするレバノンにも戦火が拡大した。翌2024年のイスラエル軍によるレバノン侵攻もアウンが指揮官として陣頭に立った。同年11月28日、議会でアウンの任期を2度延長することで可決された[11]。
政界進出
アウンの大統領候補となる可能性が高まったのは2022年にレバノン軍団党首のサミール・ジャアジャア(英語版)がアウンを支持する声明を出したことである。ジャアジャアはミシェル・アウン大統領の後任としてアウンが相応しいと提議[12]。アウンはレバノン軍団などの野党の他に米国やカタールなどからの支持も得た[13]。
2022年12月、カタール特使は、米国、フランス、サウジアラビア、エジプトから成るレバノン問題の対策委員会を創設し、アウンへの支持を改めて確認した[14]。当時、進歩社会党党首であったワリード・ジュンブラート(英語版)もアウンを必ず大統領として選出させると声明した[15]。
大統領(2025年-)
レバノンでは2022年から大統領が空席だったが、2022年からの大統領選挙(英語版)で13回目となる指名投票が2025年1月9日に国民議会で行なわれ、アウンが128票中99票を得て勝利した[16][17]。有力政党でもあるシーア派組織ヒズボラ及びこれと近い勢力と非ヒズボラ派の対立などから、大統領を選出出来ない政治空白が続いてきたが、ヒズボラはイスラエルの攻撃による指導者の相次ぐ戦死などによって影響力が低下、ヒズボラが推してきた候補が取り下げ、ヒズボラ派もアウンに投票することとなり非ヒズボラ派のアウンが選出された[16][18]。アウンの在任中は政治的安定を保つことが課題となる[19]。
アウンは就任演説で「麻薬密売、司法制度の改正、汚職と貧困の撲滅を遂行させる。」と語った[20][21]。就任演説でイスラエル軍の侵攻を食い止めることを公約に掲げた[22]。
人物
妻のニウマト・ニウマ(口語発音他:ナアマト・ナアマ、ネエメト・ネエメ)ことニウマト・アウン(ナアマト・アウン/ネエメト・アウン)との間に男子ハリールと女子ヌールの2人の子を儲けた。アウンは母語のアラビア語、フランス語、英語を流暢に話す[23][24]。
前任者のミシェル・アウンと近しい血縁関係は全く無く家名が同じだけであるが、同じマロン派キリスト教徒である[25]。
脚注
- ^ “جوزاف عون: انتخاب قائد الجيش اللبناني رئيساً للجمهورية بعد نيله ثلثي أصوات المجلس النيابي” (アラビア語). BBC News عربي (2025年1月9日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “A memorial service held to honor Mrs. Hoda Ibrahim Makhlouta, the mother of the LAF Commander General Joseph Aoun”. الموقع الرسمي للجيش اللبناني (2024年1月10日). 2024年1月10日閲覧。
- ^ “Joseph Aoun” (英語). en.majalla.com. 2025年1月10日閲覧。
- ^ “الرئاسة اللبنانية على صفيح ساخن.. جوزيف عون "مرشح الضرورة"” (アラビア語). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “From Academia to Army, an Interview with General Joseph Aoun” (英語). magazine.lau.edu.lb. 2025年1月10日閲覧。
- ^ “The graduation ceremony of a training course in Raas Masqa with the presence of the Armed Forces Commander in Charge and a tour in the 10th Infantry Brigade” (英語). www.lebarmy.gov.lb (2018年6月28日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Joseph Aoun Official Website of the Lebanese Army”. 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Operation 'Jroud Dawn': Lebanon begins assault on Islamic State” (英語). The Sydney Morning Herald (2017年8月19日). 2024年3月3日閲覧。
- ^ “ماذا قال قائد الجيش اللبناني بشأن الوضع السياسي في البلاد؟” (アラビア語). 2021年3月10日閲覧。
- ^ Prentis, Jamie (2023年12月15日). “Lebanese Parliament votes to extend army chief's term by a year” (英語). The National. 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Lebanon's parliament renews army chief's term in first session after ceasefire” (英語). Associated Press (2024年11月28日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Lebanon army chief emerges as potential candidate for president” (英語). Arab News (2023年2月2日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Report: Qatar calls for meeting of five-nation group on Thursday”. Naharnet (2023年7月10日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Lebanese Army Commander Joseph Aoun seen as a president-in-waiting after Doha visit.” (英語). Gulf News (2022年12月16日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Présidentielle : Pour Bassil, Geagea est celui qui « bénéficie de la légitimité populaire » [Presidential election: for Bassil, Geagea is the one who "has popular support"]” (French). L'Orient–Le Jour. (2024年12月31日). https://www.lorientlejour.com/article/1441728/presidentielle-pour-bassil-geagea-est-celui-qui-beneficie-de-la-legitimite-populaire-.html 2025年1月10日閲覧。
- ^ a b 「レバノン大統領に軍司令官 空席2年超 ヒズボラ影響力低下」『読売新聞』朝刊2025年1月10日(国際面)
- ^ “Lebanon's army chief Joseph Aoun elected president” (英語). Al Arabiya (2025年1月9日). 2025年1月9日閲覧。
- ^ “レバノン議会、新大統領に軍司令官選出 ヒズボラの影響力低下を反映”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/AST196V5TT19UHBI02RM.html 2025年1月10日閲覧。
- ^ “レバノン 新大統領に軍トップを選出 社会の安定図れるかが課題”. NHK NEWS WEB. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250110/k10014689451000.html 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Joseph Aoun, elected president, wants Lebanese state to invest in its army to protect its borders, combat smuggling, terrorism, Israeli aggression | Our live coverage of the parliamentary session” (英語). L'Orient Today (2025年1月9日). 2025年1月9日閲覧。
- ^ “انتخاب جوزيف عون رئيسا للبنان” (アラビア語). 2025年1月10日閲覧。
- ^ Qiblawi, Tamara (2025年1月9日). “US-backed army chief elected Lebanon’s president, ending years-long stalemate”. CNN. https://www.cnn.com/2025/01/09/middleeast/joseph-aoun-elected-lebanon-president-intl/index.html 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Commanders” (2017年3月7日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Lebanon's army chief Joseph Aoun, a man with a tough mission” (英語). France 24 (2024年12月29日). 2025年1月10日閲覧。
- ^ “Lebanon's army chief Joseph Aoun, a man with a tough mission” (英語). Al-Monitor. 2025年1月10日閲覧。
関連項目