コドレア
コドレア(ルーマニア語: Codlea)は、ルーマニア中央部のブラショフ県に属する都市。ハンガリー語名はフェケテハロム(Feketehalom)、ドイツ語名はツァイデン(Zeiden)である。 歴史13世紀、マグラ・コドレイ(Măgura Codlei)の近郊にドイツ騎士団によってシュヴァルツブルク(黒い城 の意)という城砦が築かれた。この城の名前は1265年の文献に初めて登場する。このことから、コドレアはドイツ人によって築かれた街とされる。市街にはブルツェンラントで最も大きい「要塞教会」がある。花卉で知られることから、「花の都」と呼ばれる。 地名ルーマニア語名はラテン語で「端」とか「後方」という意味の指小辞であるcodella、またはスラヴ語派で「やかん」を意味するcotalが由来とされる。前述のマグラ・コドレイとは「やかんの丘」という意味で、地形がやかんに似ていたためそう名付けられた。ルーマニア語で「マグラ」という単語は大きな丘や小山、高地の森を指す。ハンガリー語名も「黒い丘」を意味するフェケテヘジ(Feketehegy)が語源とされる。ドイツ語名の由来は定かでないが、養蜂家という意味のツァイドラー(Zeidler)から来ているのではとの説がある。 人口動態
1890年の時点では、総人口の67%(2680人)がドイツ人、30%(1211人)がルーマニア人、1%(44人)がハンガリー人、2%(100人)がユダヤ人やその他であった。1930年にはドイツ人が60%(3111人)を、ルーマニア人が36%(1916人)を、ハンガリー人が4%(192人)をそれぞれ占めた。2002年の国勢調査時点ではルーマニア人が92.7%、ハンガリー人が3.8%、ロマが1.7%、ドイツ人が1.5%を占めた。2002年時点での宗派割合はルーマニア正教会が86.8%、ローマ・カトリックが3.7%、ペンテコステ派が3.1%、福音派が2.2%、アウクスブルク信仰告白福音教会が1%、改革派教会が0.8%であった。 出身有名人
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