カシオペヤ座 (カシオペヤざ、ラテン語 : Cassiopeia )は、現代の88星座 の1つで、プトレマイオスの48星座 の1つ[ 2] 。古代ギリシア の伝承に登場するエチオピアの王妃カッシオペイア をモチーフとしている[ 2] 。3個の2等星と2個の3等星が、ラテン文字のW の形に並ぶ姿で知られる。このW字のアステリズム は、天の北極 を探すための指極星 として用いられる。
一部の国語辞典 で見出し語を「カシオペア座」としているものもある[ 6] が、公式に定められた日本語 の星座名は「カシオペヤ」のみ である。
特徴
カシオペヤ座の全景。
東をきりん座 、北西をケフェウス座 、南西をとかげ座 、南をアンドロメダ座 、南東をペルセウス座 に囲まれている[ 8] 。20時正中 は12月上旬頃[ 4] 、北半球では秋の星座とされ、ほぼ年中観望することができる[ 8] 。北緯44°より北の地域では、星座全体が地平線に沈むことのない周極星 となる。
α・β・γ・δ・ε の5つの星が形作る「W」字のアステリズム は、このW字を用いた北極星 の位置を知る方法と合わせてよく知られている[ 10] 。
カシオペヤ座のWから北極星 を見つける方法。βとα、εとδ をそれぞれ結んだ線分を2つの線が交わるまで拡張する。2つの線の交点とW字の中心にある γ を繋いだ線分を γ の方向に5倍ほど伸ばしたあたりに天の北極 や北極星を見つけることができる。
由来と歴史
19世紀 イギリス の星座カード集『ウラニアの鏡 』に描かれたカシオペヤ座。
この星座のモチーフとされたのは、古代ギリシア の伝承に登場するエチオピア王ケーペウス の妃で、王女アンドロメダー の母親とされるカッシオペイア である[ 2] [ 11] [ 12] 。
星座としてのカシオペヤは、紀元前4世紀 の古代ギリシアの天文学者クニドスのエウドクソス の著書『ファイノメナ (古希 : Φαινόμενα )』にその名前が挙げられていた[ 13] 。エウドクソスの『ファイノメナ』は現存していないが、これを元に詩作したとされる紀元前3世紀 前半のマケドニア の詩人アラートス の詩篇『ファイノメナ (古希 : Φαινόμενα )』にはカシオペヤ座を詠った詩が収められており、アラートスはこの星座の特徴的な形状を「鍵」に喩えている[ 14] 。
カシオペヤ座に属する星の数は、紀元前3世紀 後半の天文学者エラトステネース の天文書『カタステリスモイ (古希 : Καταστερισμοί )』では15個、1世紀初頭の古代ローマ の著作家ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス の『天文詩 (羅 : De Astronomica )』では14個、帝政ローマ 期の2世紀頃のクラウディオス・プトレマイオス の天文書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース (古希 : ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας )』、いわゆる『アルマゲスト 』では13個とされた[ 11] 。
9世紀 から15世紀 にかけての挿し絵では、両手を広げたカッシオペイアの姿が描かれていたが[ 2] [ 15] 、ドイツの版画家 アルブレヒト・デューラー が1515年 に製作した星図 では左手にヤシ の葉を携えて玉座から身を乗り出すような姿で描かれている[ 2] 。さらに17世紀 フランスの天文学者オギュスタン・ロワイエ が1679年 に著した星図では、左手にヤシの葉を携えて玉座に深く腰掛けた姿が描かれた[ 16] 。ヤシの葉はキリスト教の殉教のシンボルであるため、17世紀の星図にはカッシオペイアの姿ではなくマグダラのマリア やソロモン の母バト・シェバ 、ヤシの木の下で裁きをおこなったデボラ などが描かれることもあった[ 16] 。
1922年 5月にローマ で開催された国際天文学連合 (IAU) の設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Cassiopeia 、略称は Cas と正式に定められた[ 17] 。
中東
10世紀のペルシア の天文学者アブドゥッラハマーン・スーフィー が、『アルマゲスト』を元に964年 頃に著した天文書『星座の書 』では、「玉座にある女」を意味する Dhāt al-Kursīy という星座名が付けられ、13個の星があるとされた[ 18] 。
アラブの一部では、α・β・γ・δ・εの5つの星群を「染められた手」を意味する al-kaf al-khadib とも呼んでいた[ 19] 。これは、アラブの女性が手や足にヘナ と呼ばれる植物性の赤い染料を塗るという習慣に由来するものと考えられており[ 16] 、β星の固有名カフ (Caph) の由来ともなっている。この手は、アラビアの月宿 で第3宿とされたプレヤデス星団 [ 21] ath-thuraya (al-thurayya) を頭として、そこからくじら座 とカシオペヤ座 に伸びる2つの腕を持つ巨大なアステリズム の一部であった[ 19] 。一方、この「染められた手」は、ムハンマド の娘ファーティマ の血に染まった手であるとする伝承もある[ 16] 。
また、アンドロメダ座 やペルセウス座 の星々と合わせて大きなヒトコブラクダ の姿に見立てられることもあった[ 16] 。このラクダの中でカシオペヤ座の星々は胴体を成しており、W字の5星はコブから臀部にかけてを構成していた[ 16] 。
中国
ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー (英語版 ) (戴進賢)らが編纂し、清朝 乾隆帝 治世の1752年 に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、カシオペヤ座の星は、天の北極近くの区域である三垣 の1つで天の北極を中心とする「紫微垣 」と、二十八宿の北方玄武 七宿の第六宿「室宿 」、西方白虎 七宿の第一宿「奎宿 」に配されていたとされる。
紫微垣では、不明の星1つと40・HD 7389・31・φ・43・ωの計7星が天子 の車に被せられる飾りのついた蓋を表す星官 「華蓋」に、HD 19275・49・51・50 ・54・48・42・38の8星が華蓋の柄(え)を表す星官「杠」に、23番星が紫微垣の左の垣を表す星官「紫微左垣」の「少丞」に、16・32・55・HD 17948の4星が食客 のための宿舎を表す星官「伝舎」に、それぞれ配された[ 23] 。室宿では、σ・ρ・τ・ARの4星が空を飛ぶ蛇身の怪物を表す「螣蛇 」に配された[ 23] 。奎宿では、β・κ ・η・α・λの5星が春秋時代 晋 の政治家趙襄子 の御者で馬術の名人であった王良を表す星官「王良」に、γ星が御者の使う鞭を表す星官「策」に、ζ星が閣道の別道を表す星官「附路」に、ι ・ε・δ・θ ・ν・οの6星が宮殿と宮殿を繋ぐ渡り廊下を表す星官「閣道」に、それぞれ配された[ 23] 。
神話
エラトステネースの『カタステリスモイ』やヒュギーヌスの『天文詩 (羅 : De Astronomica )』では、紀元前5世紀 のソポクレス やエウリーピデース の戯曲 『アンドロメダー』にその物語が伝えられているとしている[ 11] [ 12] 。これらの戯曲はいずれも現存していないが、以下の伝承が伝えられている[ 2] 。
ある日、カッシオペイアは「自分は海のニュムペー のネーレーイス よりも美しい」と自惚れた。ポセイドーン の妻でネーレーイスのアムピトリーテー とその姉妹たちは、カッシオペイアの自惚れを罰するようポセイドーンに訴え出た。彼女らの訴えを聞き入れたポセイドーンは、エチオピアに海の怪物ケートス を遣わし、災害を引き起こさせた[ 2] 。困り果てたエチオピア王ケーペウス が神託を立てたところ、「災害を止めるにはアンドロメダーを生贄としてケートスに捧げなければならない」という神託が下った。ケーペウスは神託に従ってアンドロメダーを生贄に出したが、たまたま通りがかった勇者ペルセウス によってケートスは倒され、アンドロメダーは救い出された[ 2] 。その後、ペルセウスとアンドロメダー、ケーペウス、カッシオペイアは天に上げられ星座とされたが、玉座に座った姿で天に上げられたカッシオペイアは、彼女の不敬ゆえに頭を下にして天を回転させられている、とされる[ 11] [ 12] 。
呼称と方言
ラテン語 の学名 Cassiopeia に対応する日本語の学術用語としての星座名は「カシオペヤ 」と定められている。現代の中国では仙后座 [ 25] と呼ばれている。
明治初期の1874年 (明治7年)に文部省 より出版された関藤成緒 の天文書『星学捷径』で「カッシオペイア 」という読みと「椅子ニ踞シタル女王 」という解説が紹介された[ 26] 。また、1879年 (明治12年)にノーマン・ロッキャー の著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』上巻では「カスシオペイア 」と紹介され[ 27] 、下巻では「加西阿宿 (カツシオペア)」として解説された[ 28] 。これらから30年ほど時代を下った明治後期には「カシオペイア 」と呼ばれていたことが、1908年 (明治41年)4月に創刊された日本天文学会 の会報『天文月報』の第1巻1号に掲載された「四月の天」と題した記事で確認できる[ 29] 。この訳名は、東京天文台 の編集により1925年 (大正14年)に初版が刊行された『理科年表 』にも「カシオペイア 」として引き継がれ[ 30] 、1944年 (昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「カシオペイア 」が継続して使用されることとされた[ 31] 。
これに対して、天文同好会 [ 注 1] の山本一清 らは異なる読みを充てていた。天文同好会の編集により1928年 (昭和3年)4月に刊行された『天文年鑑 』第1号では、星座名 Cassiopeia に対して「カシオペア 」の読みを充てた[ 32] 。しかし、翌1929年(昭和4年)刊行の第2号ではこれを「カシオペヤ 」と改め[ 33] 、以降の号でもこの表記を継続して用いた[ 34] 。これについて山本は東亜天文学会の会誌『天界 』1934年4月号の「天文用語に關する私見と主張 (2)」という記事の中でCassiopeia はフランス語で Cassiopée と書く.それで,筆者も以前には「カシオペ」と屡々書いた.しかし,叉,考へ直して,今日我が國のインテリゲンチャたちは,やはり,「カシオペ」よりも「カシオペヤ」と書いた方が,女性名詞としてのより自然な感じを受けるだらうと思ひ,最近は改めた.Cassiopeia を「カシオペイア」と書く人があるが,之れは實に滑稽である.ラテン語を知つて居る人には,わかつてゐる通り,ラテン語の i は子音としても用ゐられる.現にドイツ語でも,Cassiopeia は Cassiopeja と譯してゐるではないか! 故に,日本語では -ia は單に -ヤ と書くのが好いのである. [ 35] と述べている。
戦後も継続して「カシオペイア」が使われていた[ 36] が、1952年 (昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」とした際に、Cassiopeia の日本語名は「カシオペヤ 」と改められた[ 38] 。以降は「カシオペヤ」という表記が継続して用いられている。
このように、学術用語としての星座名はカシオペイア またはカシオペヤ という表記が用いられ、現在は明確にカシオペヤ と定められているが、集英社国語辞典・新明解国語辞典 ・日本国語大辞典 などの国語辞典のように カシオペア座 を見出し語として採用している辞典もある[ 6] 。
方言
日本各地に、その特徴的なW の形を成す5つの星の総称としての呼称が伝わっている。
構成する星の数から、静岡県 静岡市 、埼玉県 さいたま市 浦和区 ・所沢市 ・上尾市 ・秩父郡 横瀬町 ・皆野町 、千葉県 成田市 、東京都 西多摩郡 檜原村 、神奈川県 相模原市 藤野 に「イツツボシ (五つ星)」、山梨県 上野原市 に「イツボシ (五星)」、茨城県 坂東市 岩井 に「ゴヨセボシ (五寄せ星)」という呼称が伝わっている[ 39] 。星の並びから、愛媛県 西条市 や京都府 綾部市 ではWの形を山に見立てた「ヤマガタボシ (山形星)」、大分県 中津市 には、Wの2つの角がずれていることを指した「カドチガイボシ 」とした呼称が伝えられている[ 39] 。天球上での動きから、子の星(北極星)を食べようとする七曜の星(北斗七星)を追い払って守る星と見立てて「ヤライノホシ 」という呼称も伝えられている[ 39] 。また、W字を船の錨 に見立てた呼び名として、香川県 観音寺市 に「イカリボッサン 」、宮城県 仙台市 泉区 根白石 ・大沢 、静岡県焼津市 ・静岡市、神奈川県相模原市藤野、香川県東かがわ市 に「イカリボシ 」という呼称が伝わっている[ 39] 。信仰に由来する呼び名として、静岡県御前崎市 白羽に「ゴヨウ (五曜)」、埼玉県秩父郡横瀬町に「ゴヨウセイ 」、静岡県焼津市・牧之原市 静波に「クヨー (九曜)」、焼津市・静岡市鷹匠に「クヨーノホシ 」、兵庫県 宍粟郡 に「ホクヨウセイ (北曜星)」という呼称が伝えられている[ 39] 。この他、兵庫県姫路市北条にはWを弓に見立てた「ユミボシ (弓星)」、同市網干には英文字に見立てた「エイモンジボシ (英文字星)」という比較的新しい呼称も採集されている[ 39] 。
カシオペヤ座に由来する事物
主な天体
恒星
α・β・γの3つの2等星がある[ 40] [ 41] [ 42] 。5等星のρ星とV509星は、非常に珍しい黄色極超巨星 に分類される大質量星である。
2023年 9月現在、国際天文学連合 (IAU) によって8個の恒星に固有名が認証されている[ 43] 。
このほか、以下の恒星が知られている。
星団・星雲・銀河
メシエ天体 に数えられる散開星団が2つ位置している。また、6つの天体がパトリック・ムーア (英語版 ) がアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「コールドウェルカタログ 」に選ばれている[ 78] 。また、16世紀 から17世紀 にかけて地球に光が届いた2つの超新星爆発 の残骸 がある。
流星群
カシオペヤ座のの名前を冠した流星群 で、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) が「確定された流星群 (Established meteor showers)」としているものは、6月カシオペヤ座μ流星群 (June mu-Cassiopeiids)、カシオペヤ座ψ流星群 (psi-Cassiopeiids)、12月カシオペヤ座φ流星群 (December phi-Cassiopeiids) の3つである[ 103] 。
ふたご座流星群 ・しぶんぎ座流星群 とともにいわゆる三大流星群 の1つとされるペルセウス座流星群 [ 104] の放射点 は、カシオペヤ座の領域内のペルセウス座 ・きりん座 との境界近くに位置している[ 8] [ 105] 。
脚注
注釈
^ 現在の東亜天文学会 。
^ 原恵 の著書『星座の神話』の中ではケフェウス座 のυ1 ・υ2 としてこの固有名と由来が記述されている。しかし『ウラノメトリア』のケフェウス座にはυ星は存在しておらず、カシオペヤ座のυにカストゥラについての記述がある[ 55] 。
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参考文献
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