エリノア・マルクス
ヴィルヘルム・リープクネヒト (左)とエドワードエイヴリング(右)と共に写るエリノア(1886年 )
ジェニー・エリノア・マルクス (Jenny Julia Eleanor Marx、1855年 1月16日 - 1898年 3月31日 )は、イギリス の社会主義 活動家、翻訳 家。カール・マルクス の末娘。若い頃からの渾名 は「トゥッシー (Tussy)」
来歴
前半生
母ジェニー
長姉カロリーナとその夫。1870年
次姉ラウラ。1860年。1911年に夫のポール・ラファルグ と心中した。
ロンドン で父カール・マルクスと母イェニー・マルクス との間に、第六子、四女として生まれる[ 1] 。
早い時期から政治 に興味を見出しており、子供の頃政治家 に手紙 を書き送りさえしたという[ 2] 。12歳の時、マンチェスター殉教者 に対し絞首刑 が執行されるのだが、この時の体験が生涯にわたるフェニアン への共感を形成する事となる[ 1] 。
父からの聞き語りも、文学 に対する興味を掻き立てる上で重要な役割を果たし、3歳にしてウィリアム・シェイクスピア の作品を数節暗唱できた程であった[ 3]
10代になるまでには、シェークスピアに対する愛好が高じて、「ドッグベリー・クラブ」を結成する事となる。このクラブではエリノアの他、彼女の家族やクララ・コレット の家族 [ 4] が皆シェークスピアの作品を暗唱。
16歳で父の秘書 となり、社会主義者の会議 に随行した[ 3] 。1年後、ジャーナリスト でパリ・コミューン にも参加するも、コミューン崩壊後ロンドンに亡命していたプロスペル=オリヴィエ・リサガレー (フランス語版 ) と恋に落ちる[ 1] 。
父カールは政治的にはリサガレーに賛同していたが、2人の年齢差を理由に関係を認めなかった(リサガレーは当時34歳)。エリノアは当時ブライトン に移り、教師 を務めていた[ 5] 。
リサガレーの『1871年のコミューン史』[ 6] の執筆を手伝った1年後、英語 に翻訳。父カールは同書を気に入ったものの、未だ2人の関係を認めるには至らなかった。1880年 までにはこれまでの立場から一転して、結婚を認める事となる。しかし、エリノア自身は1882年 、リサガレーとの関係を清算した[ 3] 。
1881年に母イエニーを、1883年 には姉のジェニー・ロンゲ (英語版 ) と父カール・マルクス を相次いで亡くしている。なおカールの生前、未完の草稿や主著『資本論 』の英語版の刊行を任された[ 3] 。
政治活動家として
1884年 、ヘンリー・ハインドマン 率いる社会民主同盟 (SDF)に加わり幹部に就く。SDFでの活動中にエドワード・エイヴリングと出会う。同年にはSDFを脱退し、分派 である社会主義同盟 を結成。
分派結成にはハインドマンの専横的な運営が非難を受けた事[ 3] 、国際主義 に批判的であった事が要因として挙げられる。例えば後者についてハインドマンは、エリノアの姉ラウラ とその夫のポール・ラファルグ が党員 であった縁で、フランス労働党 へ代議員を送るべしというエリノアの考えを一蹴。なお、社会主義同盟の最も著名な党員としては、ウィリアム・モリス がいる[ 1] 。
社会主義同盟の月刊紙「公共の福利 」に「革命的国際主義運動の記録」というコラム を定期的に寄稿[ 7] 。
1884年には作家 で労働組合 員のクレメンティナ・ブラック と出会い、女性労働組合同盟 にも参加。ガス労働者組合 を組織した他、多数の著書や論説を書いている[ 3] 。
1885年、パリ で国際社会主義者会議 の結成に関わる[ 3] 。翌年 にはエイヴリングとドイツ の社会主義者ヴィルヘルム・リープクネヒト と共にアメリカ合衆国 へ赴き、ドイツ社会民主党 の資金集めに奔走[ 2] 。
だが社会主義同盟は1880年代末までに、政治活動を支持する者と反対派とに分かれ、深刻な分裂を来たす。議会制民主主義 が必然的に妥協と退廃を齎すと考えるウィリアム・モリス派と、選挙そのものに反対するアナーキスト 派とに分裂したのである。
政治活動への参加を支持するマルクスとエイヴリングは、党内でも肩身の狭い思いを強いられた。社会主義同盟の第4回年次大会では、2人が属するブルームズベリー派が、社会主義者の統一組織を立ち上げるべきと決議。
なお、この決議は一部党員が地方、国政両選挙での候補擁立を支持していたにもかかわらず、反対多数で否決されている。
さらに、この時点で社会主義同盟は党の政策に反するとして、SDFとの共同候補を擁立した、ブルームズベリー派80名の党員資格を停止。そのため同派は社会主義同盟を脱党、新たにブルームズベリー社会主義協会 を立ち上げた[ 8] 。
1893年 にはケア・ハーディ が独立労働党 (ILP)を結党すると、マルクスはオブザーバー として設立総会に加わる(エイヴリングは代議員であった)。
しかし、マルクス主義 でILPを統一しようとする2人の取り組みは、キリスト教社会主義 が党内で強い影響力を保つ中で失敗。1897年 、マルクスとエイヴリングは社会主義同盟の殆どの元党員と同様、社会民主同盟への復党を果たす[ 1]
演劇人として
1880年代、演劇 が社会主義なりフェミニズム の手段になるとして、益々興味を深め、自らも俳優 業に乗り出す[ 3] 。また、ギュスターヴ・フローベール の『ボヴァリー夫人 』を初めて英訳するなど、文学作品の翻訳も数多くこなしている。この他にも翻訳した作品としては、ヘンリック・イプセン の『海の夫人 』や『民衆の敵 』[ 9] などがある。
1886年 にはイプセンの『人形の家 』をロンドンで上演。自身はノラ役、エイヴリングはヘルメル役、そしてクロクスタ役はバーナード・ショー であった[ 10] 。
晩年と死後
内縁の夫エイヴリンは1872年に裕福な遺産相続人の女性と結婚するも2年で破綻、離婚しないまま1892年に妻死亡。1897年に23歳の女優と再婚。アヘン 中毒で借金癖があったと言われる[ 11] 。エレノアはマルクスから相続した遺産を彼に遺した[ 11] 。
1898年、病弱のエイヴリングが極秘裏に年下の女優と結婚していた事が発覚。彼の病気 は末期状態にあっただけに、エリノアはその不貞さに深く落胆する事となる。
エリノアは同年3月31日、地元の薬剤師 へ「犬 用にシアン化水素 (青酸カリ )を少量処方してほしい」とのメモを、メイド に言付けた[ 12] [ 13] 。
薬剤師 に処方してもらった青酸カリを受け取ると、領収書 を薬剤師に返すため、メイドを薬剤師の元へ送る。その後自室に引き篭もり、遺書 を残して服毒自殺[ 14] 。戻ったメイドがエリノアを発見した時には、殆ど息をしておらず、医師 が駆け付けた時点で既に死亡していた。43歳だった。
4月5日に葬儀 が執り行われ、参列者が多数出席。エイヴリングの他、ロバート・バナー 、エドゥアルト・ベルンシュタイン 、ピート・カレン 、ヘンリー・ハインドマン、そしてウィル・ソーン が挨拶に立った。葬儀の後、サリー州 の火葬場 で荼毘に付された[ 15] 。エイヴリングも4ヶ月後の8月2日に48歳で死去した。
遺灰を納めた骨壺 は、社会民主同盟やイギリス社会党 、イギリス共産党 などの革新政党 が長年に渡り厳重に保管した。ロンドンのハイゲイト墓地 で父カールらと共に埋葬されたのは、半世紀以上経った1956年 の事であった[ 16] 。
2008年 9月9日 、晩年を過ごしたロンドン南東部のシドナム の旧宅にブルー・プラーク が設置された[ 17] 。
映画
2020年に『ミス・マルクス 』のタイトルで映画化され、ロモーラ・ガライ がエレノアを演じた[ 18] [ 11] 。
脚注
^ a b c d e Brodie, Fran: Eleanor Marx in Workers' Liberty . Retrieved April 23, 2007.
^ a b Marx Family in Encyclopedia of Marxism. Retrieved April 23, 2007.
^ a b c d e f g h Eleanor Marx in Spartacus Educational . Retrieved April 23, 2007.
^ McDonald, Deborah, Clara Collet 1860-1948: An Educated Working Woman (London Woburn Press 2004
^ Collis, Rose (2010). The New Encyclopaedia of Brighton . (based on the original by Tim Carder) (1st ed.). Brighton: Brighton & Hove Libraries. p. 75. ISBN 978-0-9564664-0-2
^ 邦訳『パリ・コミューン』喜安朗 、長部重康 共訳、現代思潮社 、1968年。
^ Yvonne Kapp, Eleanor Marx: Volume 2. New York: Pantheon Books, 1976; pg. 66.
^ Kapp, Eleanor Marx: Volume 2, pp. 264-265.
^ Eleanor Marx bibliography on marxists.org. Retrieved April 23, 2007.
^ Ronald Florence, Marx's Daughters , New York: Dial Press, 1975
^ a b c マルクスに才能とケア労働を搾取された”父の娘”の壮絶な最後【毒家族に生まれて】 Elle, ハースト婦人画報社、2021/09/03
^ Kapp, Eleanor Marx: Volume 2, pg. 696.
^ Matthew Gwyther: Inside story: 7 Jew's Walk . In: The Daily Telegraph. 23 September 2000
^ Kapp, Eleanor Marx: Volume 2, pp. 696-697.
^ Kapp, Eleanor Marx: Volume 2, pp. 702-703.
^ Kapp, Eleanor Marx: Volume 2, pp. 703-704.
^ Marx, Eleanor (1855-1898)
^ “ダメ男に惹かれたフェミニストの半生を描く、『ミス・マルクス』。|インタビュー|madameFIGARO.jp(フィガロジャポン) ”. madameFIGARO.jp(フィガロジャポン) (2021年9月24日). 2021年9月25日 閲覧。
著書
The Factory Hell. With Edward Aveling. London: Socialist League Office, 1885.
The Woman Question. With Edward Aveling. London: Swan Sonnenschein & Co., 1886.
Shelley's Socialism: Two Lectures. London: privately printed, 1888.
Israel Zangwill / Eleanor Marx: "A doll's house" repaired. London (Reprinted from: "Time", March, 1891)
The Working Class Movement in America. With Edward Aveling. London: Swan Sonnenschein & Co., 1891.
The Working Class Movement in England: A Brief Historical Sketch Originally Written for the "Voles lexicon" Edited by Emmanuel Wurm. London: Twentieth Century Press, 1896.
翻訳書
Edward Bernstein, Ferdinand Lassalle as a Social Reformer. London: Swan Sonnenschein & Co. 1893.
Gustave Flaubert, Madame Bovary: Provincial Manners. Vizetelly & Co., London 1886
Henrik Ibsen, An Enemy of the People. Walter Scott Publishing Co., London 1888
Henrik Ibsen, The Pillars of Society and Other Plays. London: W. Scott, 1888.
Henrik Ibsen, The Lady from the Sea. Fisher T. Unwin, London 1890
Henrik Ibsen, The Wild Duck: A Drama in FIve Acts. W.H. Baker, Boston 1890
[Prosper-Olivier Lissagaray, History of the Commune of 1871. Reeves / Turner, London 1886
Georgii Plekhanov|George Plechanoff, Anarchism and Socialism. Twentieth Century Press, London 1895
参考文献
Yvonne Kapp, Eleanor Marx: Volume 1: Family Life, 1855-1883. London: Lawrence and Wishart, 1972. Also: New York: Pantheon Books, 1976.
Yvonne Kapp, Eleanor Marx, Volume 2: The Crowded Years, 1884-1898. London: Lawrence and Wishart, 1976. Also: New York: Pantheon Books, 1976.
Olga Meier and Faith Evans (eds.), The Daughters of Karl Marx: Family Correspondence, 1866-1898. New York: Harcourt Brace Jovanovich, 1982.
John Stokes, Eleanor Marx (1855-1898): Life, Work, Contacts. Aldershot: Ashgate, 2000.
都築忠七 『エリノア・マルクス―1855-1898 ある社会主義者の悲劇』みすず書房 、1984年
外部リンク