ウインデュエル[1]は日本の競走馬・種牡馬。
中央競馬で競走生活を送り、重賞競走にはあと一歩で手が届かなかったもののダートで6連勝を含む10戦8勝の成績を挙げ[2]、引退後には種牡馬となった。馬名は冠名の「ウイン」と、英語で決闘を意味する[3]「デュエル」が由来となっている。
経歴
競走馬時代
1999年、セレクトセールにて6000万円で落札された[4][5]市場取引馬で、ウインレーシングクラブにて一口馬主が募集された[3]。募集価格は総額8000万円、募集口数400口、一口価格20万円だった[3]。
競走馬としてのデビューは遅く、3歳時の2002年8月だったが、函館競馬場のダート1700メートル戦で大差勝ちを収めた[5]。芝の中距離路線へ進み[6]、3歳以上500万円以下競走で2着となったあと、重賞のセントライト記念に格上挑戦したがバランスオブゲームの6着に終わる[5]。その後は自己条件戦を2戦し1勝、3着1回とした[5]が、11月の3歳以上1000万円以下競走を[7]肩の跛行により出走取消となり[7][5]、さらにその後左前脚に屈腱炎を発症[5]し、1年以上の療養を余儀なくされた。
5歳となった2004年1月に実戦復帰し[5]、そこからダートで[5]6連勝を達成し[8][9]一気にオープン馬に上り詰め、9月に行われた重賞のエルムステークスでは単勝オッズ1.2倍の圧倒的な1番人気に支持された[10]が、反応の鈍さから[11]、先を行くパーソナルラッシュに1馬身4分の1およばず2着だった[10][11]。その後右前脚に屈腱炎を発症[5]し、ふたたび長期療養に入った。
6歳となった2005年、1年ぶりの実戦となったペルセウスステークスでトーセンブライト以下を抑えて勝利を挙げた[12][5]。続くエニフステークスはハンデキャップ競走であったが人気に応えられず[13]、ヴァーミリアンの5着に終わる[13][5]。その後右前脚に屈腱炎が再発し[3][5]、11月25日付で日本中央競馬会 (JRA) の競走馬登録を抹消され[5][3]、引退した。
オープン特別競走を3勝したが、重賞は勝てないまま終わった[2]。全14戦中、セントライト記念以外[5]はすべて単勝1番人気[5][14]で、そのうち11戦が1倍台のオッズであった[5]。
競走成績
以下の内容は、netkeiba.com[15]およびJBISサーチ[16]に基づく。
年月日 |
競馬場 |
競走名 |
格 |
距離(馬場) |
頭 数 |
枠 番 |
馬 番 |
オッズ(人気) |
着順 |
タイム (上り3F) |
着差 |
騎手 |
斤量 (kg) |
勝ち馬/(2着馬)
|
2002.08.03
|
函館
|
3歳未勝利
|
|
ダ1700m(良)
|
13
|
8
|
12
|
02.6(1人)
|
1着
|
1:47.1 (38.6)
|
-1.9
|
岡部幸雄
|
55
|
(トウショウコーラル)
|
0000.08.31
|
札幌
|
3歳上500万下
|
|
芝2000m(良)
|
14
|
7
|
12
|
01.4(1人)
|
2着
|
2:01.6 (35.1)
|
-0.5
|
岡部幸雄
|
54
|
シンコウリブレ
|
0000.09.15
|
新潟
|
セントライト記念
|
GII
|
芝2200m(良)
|
17
|
2
|
4
|
12.0(6人)
|
6着
|
2:13.6 (34.9)
|
-0.7
|
岡部幸雄
|
56
|
バランスオブゲーム
|
0000.10.20
|
中山
|
3歳上500万下
|
|
芝2000m(稍)
|
13
|
7
|
11
|
01.2(2人)
|
1着
|
2:01.7 (35.7)
|
-0.0
|
横山典弘
|
55
|
(ワイルドユース)
|
0000.10.27
|
中山
|
錦秋特別
|
1000
|
芝2000m(良)
|
16
|
3
|
6
|
02.3(1人)
|
3着
|
2:00.0 (34.6)
|
-0.2
|
O.ペリエ
|
55
|
エルカミーノ
|
0000.11.30
|
中山
|
3歳上1000万下
|
|
ダ1800m(良)
|
12
|
8
|
13
|
|
|
出走取消
|
|
岡部幸雄
|
55
|
アサカブレイヴリー
|
2004.01.05
|
中山
|
4歳上500万下
|
|
ダ1700m(良)
|
16
|
2
|
3
|
01.7(1人)
|
1着
|
1:55.5 (37.9)
|
-1.0
|
田中勝春
|
57
|
(ミヤビフェラーリ)
|
0000.01.30
|
東京
|
立川特別
|
1000
|
ダ1600m(良)
|
16
|
1
|
1
|
01.5(1人)
|
1着
|
1:37.2 (37.4)
|
-0.6
|
岡部幸雄
|
57.5
|
(ジェイケイガバナー)
|
0000.03.07
|
中山
|
鎌ケ谷特別
|
1000
|
ダ1800m(良)
|
16
|
2
|
4
|
01.1(1人)
|
1着
|
1:54.3 (38.8)
|
-0.4
|
岡部幸雄
|
57
|
(ウィッチズブルーム)
|
0000.06.06
|
東京
|
麦秋S
|
1600
|
ダ1600m(稍)
|
15
|
8
|
14
|
01.7(1人)
|
1着
|
1:35.0 (36.5)
|
-0.6
|
岡部幸雄
|
57
|
(サミーミラクル)
|
0000.06.26
|
函館
|
麦秋S
|
OP
|
ダ1700m(良)
|
11
|
4
|
4
|
01.6(1人)
|
1着
|
1:44.1 (36.4)
|
-0.4
|
岡部幸雄
|
56
|
(ヒシアトラス)
|
0000.07.18
|
函館
|
マリーンS
|
OP
|
ダ1700m(良)
|
13
|
3
|
3
|
01.1(1人)
|
1着
|
1:43.5 (37.0)
|
-1.2
|
D.ホワイト
|
56
|
(トシザボス)
|
0000.09.04
|
札幌
|
エルムS
|
GIII
|
ダ1700m(良)
|
13
|
4
|
5
|
01.2(1人)
|
2着
|
1:43.5 (36.3)
|
-0.2
|
岡部幸雄
|
56
|
パーソナルラッシュ
|
2005.09.17
|
中山
|
ペルセウスS
|
OP
|
ダ1800m(良)
|
15
|
4
|
6
|
01.7(1人)
|
1着
|
1:52.2 (37.6)
|
-0.3
|
北村宏司
|
57
|
(トーセンブライト)
|
0000.10.15
|
京都
|
エニフS
|
OP
|
ダ1800m(稍)
|
16
|
8
|
16
|
01.4(1人)
|
5着
|
1:50.7 (37.7)
|
-1.0
|
北村宏司
|
58.5
|
ヴァーミリアン
|
競走馬引退後
競走馬引退後、株式会社ジェイエスに無料で譲渡され[3]、アロースタッドで種牡馬となる[2][17][3][14]。初年度となる2006年の種付け料は受胎確認後10万円、産駒誕生後20万円に設定され[14]、39頭に種付けを行った[6]。
2008年、9頭に種付けを行った[6]あと、乗馬としてのオファーを受け[2]、産駒の競走馬デビューを待たずしてこの年限りで種牡馬を引退[2][6]。8月11日にアロースタッドを去り[2]、ノーザンホースパークへ移動した[18][2][6]。
2009年にデビューした初年度産駒は中央競馬[6]と地方競馬[19][6]でそれぞれ勝利を挙げている。
血統表
脚注
外部リンク