イスラエルの大量破壊兵器

イスラエルは、核兵器を始めとする大量破壊兵器を保有していると国際社会から広く信じられている。また、中東地域で唯一核拡散防止条約(NPT)に加盟しておらず[1]、その地位を認められていない核保有国4国のうちの一つである。アメリカ合衆国議会技術評価局英語版の報告によると、非公式の生物兵器化学兵器の開発計画が存在するという[2]

しかし、イスラエルは、公式には核兵器を含めた大量破壊兵器の保有について否定も肯定もしない立場を取っている。

核兵器

イスラエル政府は核兵器保有に関して否定も肯定もしていないが、「最初に核を使用する国にはならないが、2番目に甘んじることもない」という談話もあり、「曖昧政策」とも称されている[3]。しかし、核技術者モルデハイ・ヴァヌヌの内部告発による状況証拠などから、核保有は確実視されており、一種の「公然の秘密」となっている。

イスラエルは建国直後から核兵器の研究を始め、1960年代よりネゲヴ核開発センター(Negev Nuclear Research Center、2018年より元首相シモン・ペレスの名前を冠している)にてフランスの協力を得て本格的な開発を始め、第三次中東戦争中に初の実戦配備が行われたとされる。1979年9月22日、アメリカ核実験偵察衛星ヴェラ6911が、南大西洋プリンス・エドワード諸島沖で観測した二重閃光[4]は、南アフリカ共和国とイスラエルが協力して行った核実験ではないかとの疑惑がある(ヴェラ事件[5]。しかし、アメリカによる調査委員会は観測機器の故障とし、核実験説を否定している[6]

アメリカ科学者連盟は、2000年代後半時点で80から100発程度の核弾頭を保有していると推測している[7][8]。その中には、テラー・ウラム型のメガトン級の水素爆弾が含まれていると考えられている[9][10][11]。また、核兵器運搬手段としてはICBMを所持しているとされる。

2007年当時の国際原子力機関(IAEA)事務局長であったモハメド・エルバラダイは、イスラエルを核保有国と位置付けていた[12]。2013年9月20日、IAEAの年次総会は、アラブ連盟がイスラエルに対しNPTへの加盟などを求めていた決議案を、欧米や日本の反対により否決した。イスラエルは事実上の核兵器保有国でありながら、中東地域で唯一NPT非加盟であり、核開発能力への懸念から周辺諸国をまとめるアラブ連盟がIAEAの査察受け入れなどを求めていた。[13]

曖昧政策については、核兵器の有無を疑わせ、抑止効果を高めようとする狙いと、最大の同盟国アメリカに対する配慮と考えられている。NPT非加盟のイスラエルが核武装を公表すれば、周辺国のNPT脱退と核武装を招きかねないだけでなく、アメリカとの友好関係が崩れるか、これまで・パの核保有やイラン核兵器開発を非難してきたアメリカがダブルスタンダードの謗りを受けることは免れないためである[8][14]

しかし、2006年12月5日、アメリカ上院軍事委員会公聴会で、次期国防長官に内定していたロバート・ゲーツが「(イランが核兵器開発を進めるのは)核保有国に囲まれているからだ。東にパキスタン、北にロシア、西にイスラエル、ペルシャ湾には我々(アメリカ)がいる」と発言し、アメリカがイスラエルの核保有について初めて公言したと注目された[15]。イスラエルのシモン・ペレス特別副首相は、これについて「イスラエルは核保有をこれまで確認したことはない」と従来の見解を繰り返した。しかし、12月11日、ドイツの衛星放送テレビ局「SAT1」のインタビューで、エフード・オルメルト首相は「イスラエルは、他国を脅かしたりしない。しかし、イランはイスラエルを地図上から消滅させると公言している。そのイランが核兵器を保有しようとしていて、フランス、アメリカ、ロシア、イスラエルと同じレベルで話し合えるはずがない」と、核保有を暗に認めたとも取れる発言を行った[16]。オルメルトは、翌日のドイツのアンゲラ・メルケル首相との合同記者会見で核保有を否定したが、イランは非難声明を出した。

2023年11月5日には、2023年パレスチナ・イスラエル戦争に際してアミハイ・エリヤフエルサレム問題・遺産大臣が、ガザ地区に対する核攻撃をハマース掃討作戦の「一つの選択肢」として容認する発言を行うという事件があった。この発言についてベンヤミン・ネタニヤフ首相は「現実離れしている」として彼の政府会合への出席を禁ずる処分を下したほか、イスラエル国内でもエリヤフの解任を求める声が上がっている[17]

化学兵器

イスラエルは、化学兵器禁止条約調印しているが、批准(発効)はしていない。イスラエル生物学研究所(Israel Institute for Biological Research、IIBR)において、化学兵器の開発研究が行われたとの疑惑がある[18]。また、1992年エル・アル航空1862便墜落事故では、サリンの原料となるメチルホスホン酸ジメチル190リットルが墜落現場から発見された。しかし、イスラエル側はこれらの物質は毒物ではなく、防毒フィルターの試験のために使われるものであると主張した。それに加えて、この物質の輸送は何ら秘密ではなく、国際協定に従って積荷目録に記載されていたとも主張した。この積荷は、アメリカ合衆国商務省の許可の下で、アメリカの化学工場からIIBRに輸送される途中であったという[19]

アメリカ合衆国議会の技術評価局は、1993年に大量破壊兵器の拡散に関するレポートを発表した。そのレポートによると、イスラエルは非公式に、兵器として使用可能な量の化学兵器を所持しているとされている[2]アメリカエネルギー省長官であったビル・リチャードソンは、1998年に「イスラエルが長年、化学兵器と生物兵器の両方を製造しているのは疑いえない。それらの物質を所持しているのも疑いようがない」と語っている[20]

生物兵器

イスラエルは生物兵器禁止条約に調印も批准(或いは加入)もしていない。IIBRでは、化学兵器用の解毒剤のほか、生物兵器用のワクチンを研究していると考えられている[21]。2000年代の時点で、生物兵器開発計画は把握されていないものの、必要があればいつでも開発と散布を行なうことができるのではないかという疑いがある[22]

脚注

  1. ^ Background Information, 2005 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons”. United Nations. 2006年7月2日閲覧。
  2. ^ a b Proliferation of Weapons of Mass Destruction: Assessing the Risks, アメリカ合衆国議会 Office of Technology Assessment, (August 1993), OTA-ISC-559, http://www.princeton.edu/~ota/disk1/1993/9341/9341.PDF 2008年12月9日閲覧。 
  3. ^ 立山『揺れるユダヤ人国家 : ポスト・シオニズム』2000年 p.129
  4. ^ 二重閃光は核爆発判定手段で、短い時間に2回強い閃光があることである。このタイプの偵察衛星は視界全域で、核爆発とロケット発射の監視をしている(正確な場所は判別できない)。強度が違い、まわりの状況が違うので雷などと間違えることはない。
  5. ^ 『サムソン・オプション』(シーモア・ハーシュ、文藝春秋、1992年)によれば、それ以前に何回か核実験が行われたが、雲で隠していた。その時たまたま雲が晴れて光が漏れてしまった。
  6. ^ ジャック・ルイナを委員長とする委員会だが、国家安全保障上の理由で全面的な調査と公表はできなかった。
  7. ^ Nuclear Weapons - Israel”. アメリカ科学者連盟 (2007年1月8日). 2014年4月5日閲覧。
  8. ^ a b 立山『イスラエルを知るための60章』2012年 pp.183-184
  9. ^ [1]
  10. ^ Brower, Kenneth S., “A Propensity for Conflict: Potential Scenarios and Outcomes of War in the Middle East,” Jane's Intelligence Review, Special Report no. 14, (February 1997), 14-15.
  11. ^ Nuclear Weapons: Who Has What at a Glance”. Arms Control Association. 2007年5月30日閲覧。
  12. ^ モハメド・エルバラダイ (2004年7月27日). “Transcript of the Director General's Interview with Al-Ahram News”. 国際原子力機関. 2007年6月3日閲覧。
  13. ^ “イスラエル核決議案を否決 IAEA総会、欧米が反対”. 産経新聞. (2013年9月20日). https://web.archive.org/web/20130921060727/http://sankei.jp.msn.com/world/news/130920/mds13092022020005-n1.htm 2013年10月15日閲覧。 
  14. ^ Dawoud, Khaled (1999年12月2日). “Redefining the bomb”. Al-Ahram Weekly. http://weekly.ahram.org.eg/1999/458/intervw.htm 2006年7月2日閲覧。 
  15. ^ asahi.com:イスラエルの核保有「公表」 米次期国防長官”. 朝日新聞社 (2006年12月8日). 2006年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月5日閲覧。
  16. ^ イスラエル首相、核兵器保有示唆で波紋広がる”. 中国国際放送局 (2006年12月13日). 2014年4月5日閲覧。
  17. ^ イスラエル閣僚が「ガザに原爆投下」発言=政府会合への出席禁止に”. 時事通信社 (2023年11月5日). 2023年11月5日閲覧。
  18. ^ Deconstructing the Chem-Bio Threat” (英語). 2009年12月7日閲覧。
  19. ^ “Israel says El Al crash chemical 'non-toxic'”. BBC. (1998年10月2日). https://web.archive.org/web/20030818042548/http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/185199.stm 2006年7月2日閲覧。 
  20. ^ Jeff Stein (1998年12月2日). “Debunking the "ethno-bomb"”. Salon.com. http://www.salon.com/news/1998/12/02news.html 2006年7月11日閲覧。 
  21. ^ Nes Ziyyona”. GlobalSecurity.org (April 28, 2005). 2007年2月11日閲覧。 “Israel is believed to have the capacity to produce chemical warfare agents, and probably has stocks of bombs, rockets, and artillery shells. Public reports that a mustard and nerve gas production facility was established in 1982 in the Dimona restricted area are apparently erroneous. Israel is also probably poised to rapidly produce biological weapons, though there are no public reports of currently active production effort or associated locations.…Israel's primary chemical and biological warfare facility is at Nes Ziyyona [Noss Ziona], near Tel Aviv. The Israeli Institute for Bio-Technology is believed to be the home of both offensive and defensive research.
  22. ^ Normark, Magnus; Anders Lindblad, Anders Norqvist, Björn Sandström, and Louise Waldenström (2005年12月). “Israel and WMD: Incentives and Capabilities” (PDF). FOI. pp. pg. 38. 2007年2月11日閲覧。 “Israel does not stockpile or produce BW in large-scale today. However, we assess that Israel has a breakout capability for biological weapons and also CW, i.e. the knowledge needed to implement theoretical knowledge into the practical management of production and deployment of CBW. The knowledge base would be the one that was built during the 1950s and 1960s where today’s advanced research can be used to upgrade potential BW and CW agents and their behaviour in the environment. We have not found any conclusive evidence that show that Israel’s offensive programs still remain active today.

関連項目

外部リンク