高堂城 (飛騨国)
高堂城(たかどうじょう)は、飛騨国、現在の岐阜県高山市国府町瓜巣城山にあった日本の城(山城)。別名・タカウドの城。高山市北部に位置し、広瀬城から寺洞砦に続く東西方向の稜線の、更に奥にある詰城である。岐阜県指定史跡[1]。 概要天文年間(1532年 - 1555年)に広瀬左近将監利治によって築かれたといわれるが、それ以前の寛正3年(1462年)頃の築城とも考えられている。 天正11年(1583年)広瀬宗域が鍋山顕綱と謀をしたとして姉小路頼綱に攻められ落城。その後頼綱は隠居して高堂城と広瀬城を居城とした。 飛騨征伐により、金森長近の軍が攻めてきて攻城戦が行われた。朝廷の命により姉小路頼綱は投降。後に廃城となった。 城郭城跡は瓜巣川の北岸にある標高778メートルの山頂にある。主郭は山頂にあり、西、北、東の三方向に伸びる尾根にも曲輪がある。四面は断崖の山で囲まれている。東尾根を降った所には馬止場がある。主郭の西側から南へ伸びた尾根の南端に堀切があり、尾根を降った辺りには広瀬氏の居館がある。 城の総長が南の出丸より北宇津江まで1キロメートルにも及ぶ広大な縄張りの城である。高堂城と広瀬城を合わせると大城郭である。石垣(石積)・郭(曲輪)・堀・切岸・土塁・狼煙台・物見台跡が遺っている。 岐阜県指定史跡であり、石碑、説明板が設置されている。城址標柱が建てられ、ステンレス製の碑の裏に、説明文とQRコードが記されている。 高堂城の峰続きに、寺洞砦Ⅰ・寺洞砦Ⅱ・蓬ヶ洞砦Ⅰ・蓬ヶ洞砦Ⅱ・オトシ砦が続き、出城として広瀬城がある。 商品脚注注釈出典参考文献
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