酒波神社
酒波神社(さかなみじんじゃ)は、岐阜県瑞浪市日吉町南垣外に鎮座する神社(旧郷社)。 祭神概要創建時期は不明である。 平安時代に編纂された美濃国神名帳の土岐郡の項に「正一位酒波大神」と記されていることから、少なくても10世紀以前に創建されたと思われる[1][2][3]。 その後土岐氏により八幡神が合祀され八幡宮と呼ばれるようになった[1]。 永禄元年(1558年)、武田信玄の重臣であった秋山虎繁は、配下の仁木(山中)藤九郎なる者に150騎を授けて土岐郡の寺社を悉く焼討した[4]。 この時に酒波神社・明白寺・光善寺・定林寺・天福寺が焼討されて焼失したが、翌年に、代官の西尾千代丸によって再建されたと記された棟札がある[1][5]。 江戸時代にこの地を収めた千村氏や氏子により境内が整備された[1][6]。 現在の本殿は元禄5年(1702年)建築の建物であり[3]、鐘楼とともに国の登録有形文化財に登録されている[7][8][5]。 明治元年(1868年)に、八幡宮から酒波神社に再び改称した[1]。 酒波は「しゅは=すわ」の音につながるため、諏訪神社も境内社の一つとなっている。 拝殿は明治42年(1909年)の再建。 境内社
建物
交通アクセス
関連項目
参考文献
外部リンク
脚注
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