近点移動による軌道の変化。近点 と長軸 が回転している。
近点移動 (きんてんいどう、Apsidal precession)とは、天体 が軌道運動 するときに楕円軌道 の長軸の向きが回転する現象である。特に中心天体が太陽のときは近日点移動 、中心天体が地球のときは近地点移動 、連星 系では近星点移動 と言う。
近点移動の値は、近点引数
ω
{\displaystyle \omega }
を時間で一階微分 して得られる。代わりに近日点黄経
ϖ
{\displaystyle \varpi }
の時間一階微分が使われることもある。
原因
2つの天体が距離の逆2乗 に比例する引力に従って運動すれば、理想的な状況では閉じた楕円軌道 となる。しかし、何らかの理由により理想的な状況から外れると、様々な摂動 により軌道が乱れる。摂動によって楕円軌道そのものが回転する現象が近点移動である。
近点移動を引き起こす要因には、以下のように様々なものがある。
別の天体からの重力
例えば太陽系 では全質量の99%以上が太陽に集まり、太陽の強い重力に引かれて惑星は楕円軌道を描いているが、太陽系内の別の惑星からも比較的弱い重力の摂動を受けている。この摂動により惑星の軌道は近日点移動を起こす。太陽系の惑星で起こる近日点移動は、ほとんどこの効果で説明できる。
天体の形状による効果
古典力学 では、2つの天体が完全に球体ならば、質点 のときと同様に互いに中心からの距離の2乗に逆比例した力を受け、厳密な楕円軌道を描く。しかし実際の天体は自転の遠心力 によって扁球 となり(赤道バルジ )、近くの天体からの潮汐力 によって表面に膨らみができる(潮汐バルジ )。どちらの効果も重力の四重極 場を生み、それが摂動となって近点移動を引き起こす。球形からのずれの効果は、人工衛星 やホットジュピター など、中心天体に近い軌道をとる場合に無視できない大きさとなる。
一般相対性理論による効果
一般相対性理論 によると重力の作用は厳密には逆2乗とはならない。例えばシュヴァルツシルト解 では距離の逆4乗に比例した付加的な引力が働く。この効果により近点移動が起きる。
具体例
太陽系惑星
太陽系惑星の近日点移動は、他の惑星からのニュートン力学による重力の摂動でほとんど説明できる。例えば水星が100年間で起こす近日点移動575″のうち、他の惑星からの重力の影響は、ニュートン力学で計算すると計532″となり全体の90%以上となる(計532″の内訳は、金星からの摂動効果が276.38″、同じく地球91.41″、火星2.48″、木星153.98″、土星7.31″、天王星0.14″、海王星0.04″[ 1] )。残りは一般相対論の効果43″で、太陽の扁平率 の影響(四重極)0.025″はほぼ無視できる。水星以外の惑星では一般相対性理論の効果はもっと小さい。
一般相対性理論による効果
太陽に近い軌道を持つほど一般相対性理論の効果は大きくなる。水星の近日点移動のニュートン理論からのずれは、一般相対性理論を検証するための初期の証拠になった。下の表に、水星から火星までの惑星と、小惑星イカロスの相対論的な近日点移動量を示す[ 3] 。
惑星
理論 (秒/100年)
観測 (秒/100年)
水星
42.98
43.11 ± 0.45
金星
8.6
8.4 ± 4.80
地球
3.8
5.0 ± 1.20
火星
1.4
1.5 ± 0.15
イカロス
10.3
9.8 ± 0.80
惑星の相対論的な近日点移動の大きさは[ 3]
ω
˙
=
6
π
G
M
⊙
P
a
(
1
−
e
2
)
c
2
{\displaystyle {\dot {\omega }}={\frac {6\pi \,GM_{\odot }}{Pa(1-e^{2})c^{2}}}}
G
{\displaystyle G\,}
万有引力定数
M
⊙
{\displaystyle M_{\odot }}
太陽質量
c
{\displaystyle c\,}
光速
a
{\displaystyle a\,}
惑星の軌道長半径
e
{\displaystyle e\,}
惑星の離心率
P
{\displaystyle P\,}
惑星の公転周期 (年)
ω
˙
{\displaystyle {\dot {\omega }}}
近日点移動量 (rad/年)
月
地球を回る月の軌道 の長軸は月が運動する方向に回転しており、8.85年で1周する。この主な理由は太陽の引力が月の軌道を乱すためである[ 4] 。
人工衛星
人工衛星の近地点移動の原因は、地球の扁平 と、低い衛星軌道による大気との摩擦のためである。GPS衛星が高度約20,200kmを回るときの近地点移動は1日で約0.01°になる[ 5] 。
ここで大気摩擦を無視して、四重極 モーメント
J
2
{\displaystyle J_{2}}
を用いて地球の扁平性の効果から、近地点引数
ω
{\displaystyle \omega }
の変化を計算すると下のようになる[ 5] 。
ω
˙
=
3
4
n
a
E
2
5
cos
2
i
−
1
a
2
(
1
−
e
2
)
2
J
2
{\displaystyle {\dot {\omega }}={\frac {3}{4}}\,n\,a_{E}^{2}\,{\frac {5\cos ^{2}i-1}{a^{2}(1-e^{2})^{2}}}\,J_{2}}
n
{\displaystyle n}
衛星の平均運動
a
E
{\displaystyle a_{E}}
地球の赤道半径 (6.378.137 m)
a
{\displaystyle a}
衛星の軌道長半径
i
{\displaystyle i}
衛星の軌道傾斜角
e
{\displaystyle e}
衛星の離心率
J
2
{\displaystyle J_{2}}
地球の重力場の四重極モーメント (1,0826359•10−3 )[ 6]
軌道傾斜角が63.4°以下のとき、近地点は衛星が進む方向に移動する。63.4°以上のときは後退する。
5
cos
2
(
63
,
4
∘
)
−
1
=
0
{\displaystyle 5\cos ^{2}(63{,}4^{\circ })-1=0}
となるので、軌道傾斜角が63.4°の軌道は(近似的に)近地点移動が存在しない。もしその軌道周期の離心率が非常に大きいならば、衛星は遠地点の近傍に長時間滞在し、例えば通信目的に適する。実際にこのような衛星はモルニヤ軌道 に投入されている。
ホットジュピター
孤立したホットジュピター において、近点移動を引き起こす要因を(大まかに)重要な順に並べると、惑星の潮汐バルジ、一般相対性理論、惑星の赤道バルジ、恒星の赤道バルジ、恒星の潮汐バルジとなる[ 7] 。惑星の潮汐バルジが支配的な効果となり、その他の効果を1桁以上上回る[ 7] 。ホットジュピターの近点移動は、知られている惑星では年間数度から19.9度(WASP-12b )に達する[ 7] 。
エキゾチック系
近点移動の極端な形は、特に、恒星や中性子星 のような重い天体の間で起きる。連星パルサー のPSR B1913+16 は、1年で4.2°の相対論的な近点移動をする[ 8] 。同じくPSR J1906 + 0746 は1年で7.57°、二重パルサーのPSR J0737-3039 は1年で16.90°である[ 8] 。
クエーサーOJ 287 の光度曲線 は、それが連星系のブラックホールであり、公転周期の12年につき39°の近点移動をすることを示す[ 9] 。
長い間、連星系ヘルクレス座DI星 (英語版 ) の近点移動は、理論で予想される値よりも非常に小さく、物理法則に反しているように見えた。しかし近点移動の小ささは、2つの星の自転軸がほぼ軌道平面にあるためと分かった[ 10] 。
出典
^ 木下宙「天体と軌道の力学」付録C 東京大学出版会 数値はNewcomb(1895)が計算で求めた値
^ Perihelion Precession of the Planets テキサス大学教授Richard Fitzpatrickのサイト
^ a b Nobili, A., Will, C.: The real value of Mercury's perihelion advance . Nature 320 (1986) 39-41
^ 古在由秀編「月と小惑星」第1章
^ a b B. Hofmann-Wellenhof et al.: GPS - Theory and Practice . 4th ed., Springer, Wien 1997, p62 ISBN 3-211-82839-7
^ International Earth Rotation & Reference Systems Service: Useful Constants , 2006年9月15日閲覧
^ a b c Michael Perryman (26 May 2011). The Exoplanet Handbook . Cambridge University Press. pp. 133–. ISBN 978-1-139-49851-7 . https://books.google.co.jp/books?id=xekY6FuKuAcC&pg=PA133&redir_esc=y&hl=ja 7 February 2015 閲覧。
^ a b Will, C,M.: The Confrontation Between General Relativity and Experiment . Living Rev. Relativity 9, (2006) (www.livingreviews.org/lrr-2006-3) (HTML PDF , 960 KB) Chap. 5
^ Valtonen, M.J. et al.: Confirmation of the Gravitational Wave Energy Loss in the Binary Black Hole System OJ287 . American Astronomical Society, AAS Meeting #211, #112.07 (2007) (Abstract )
^ S. Albrecht, S. Reffert, I. Snellen, J. Winn : Nature 461, 373-376 (2009)
関連項目