路木龍次
路木 龍次(みちき りゅうじ、1973年8月25日 - )は、長崎県出身の元サッカー選手(DF)。左サイドのスペシャリスト。元日本代表。実兄は路木健。 来歴国見高から1992年にサンフレッチェ広島に入団。同期には吉川公二がいる。当初は左サイドバックとして片野坂知宏の控えであったが、徐々に成長し出場機会を得出す。1995年、監督がビム・ヤンセンに代わると完全にレギュラー獲得。3-4-3の左ウイング・左サイドハーフ、あるいは3-5-2の左ウイングバックとして活躍、ピーター・ハウストラとのコンビでチャンスを量産した。[要出典]1996年にはアトランタ五輪代表レギュラー、その年末には初めてフル代表に選ばれた。 その後、広島が財政難に陥り、移籍金を得るため1998年に横浜マリノスに放出される。[要出典]怪我の連続で満足に試合に出られず、1999年6月には浦和レッドダイヤモンズへ期限付き移籍し[1]、翌年2000年に完全移籍[2]。2003年1月にヴィッセル神戸に移籍するが、家庭の事情により一ヶ月で退団[3]。同年、練習生を経て[4]大分トリニータに入団するも、契約満了により6月に退団[5]。 エピソード
所属クラブ
個人成績
その他の公式戦
代表歴出場大会など試合数
出場
脚注
出典
関連項目
外部リンク
|