諫早市立真津山小学校

諫早市立真津山小学校
地図北緯32度50分10秒 東経130度0分26秒 / 北緯32.83611度 東経130.00722度 / 32.83611; 130.00722座標: 北緯32度50分10秒 東経130度0分26秒 / 北緯32.83611度 東経130.00722度 / 32.83611; 130.00722
過去の名称 真津山尋常高等小学校
諫早市真津山国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 諫早市
併合学校 貝津尋常小学校
久山尋常小学校
設立年月日 1873年明治6年)
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B142210000750 ウィキデータを編集
所在地 854-0063
長崎県諫早市貝津町715番2号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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諫早市立真津山小学校(いさはやしりつ まつやましょうがっこう)は、長崎県諫早市貝津町にある公立小学校

概要

歴史
1873年明治6年)に貝津(かいづ)村に開校した「貝津小学校」と1874年(明治7年)に久山(くやま)村に開校した「久山小学校」を前身とする。1906年(明治39年)に以上2校が統合された。2013年(平成25年)に創立140周年を迎えた。
学校教育目標
「心豊かにたくましく自ら学ぶ子どもの育成」
校章
中央に「真」の文字を置いている。
校歌
作詞は村井兵庫、作曲は渡辺末男による。歌詞は4番まであり、各番に校名の「真津山」が登場する。
校区
住所表記で「諫早市」の後に「久山町、久山台、貝津町、若葉町、津久葉町、青葉台、見津ヶ丘」が続く地域。中学校区は諫早市立西諫早中学校[1]

沿革

旧・貝津小学校
  • 1873年(明治6年)1月 - 貝津村の民家に「貝津小学校」が開校。
  • 1874年(明治7年)8月 - 大風で校舎が倒壊。
  • 1875年(明治8年)1月 - 真崎村と共同で校舎を新築。校名を「真崎小学校」とし、2村共同で運営を行う。
  • 1879年(明治12年)1月 - 真崎小学校から分離し、貝津村に仮校舎を建設し「貝津小学校」として独立。小船越に分校を開設。
  • 1881年(明治14年)12月 - 「公立中等貝津小学校」に改称。
  • 1882年(明治15年)- 新校舎が完成。分校を廃止。
  • 1886年(明治19年)7月 - 小学校令の施行により、尋常科(修業年限4年)を設置の上「尋常貝津小学校」に改称。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、真津山村立の小学校となる(久村・貝村・崎村の3村が合併し真津山村となった)。
  • 1892年(明治25年)4月 - 「貝津尋常小学校」と改称(「尋常」の位置が変更となる)。
旧・久山小学校
  • 1874年(明治7年)10月29日 - 正式に長崎県によって「第五大学区長崎県管下第一中学区久山小学校」として設置が認可される[2]
  • 1881年(明治14年)12月 - 「公立中等久山小学校」に改称。
  • 1882年(明治15年)- 校舎を新築。
  • 1886年(明治19年)7月 - 小学校令の施行により、尋常科(修業年限4年)を設置の上「尋常貝津小学校」に改称。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、真津山村立の小学校となる
  • 1892年(明治25年)4月 - 「久山尋常小学校」と改称(「尋常」の位置が変更となる)。
統合
  • 1906年(明治39年)
    • 4月1日 - 貝津尋常小学校と久山尋常小学校の2校を統合、高等科を併置の上、「真津山尋常高等小学校」に改称(尋常科4年・高等科4年)。
      • 旧貝津尋常小学校の校舎を「本校舎」、旧久山尋常小学校の校舎を「分教場」とする。
    • 12月22日 - 本村貝津区蠣崎に新校舎が完成したため、久山の分教場を廃止。
  • 1908年(明治41年)
    • 1月11日 - 真津山第一農業補習学校が併設される。
    • 4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長。
      • 旧高等科1年を尋常科5年、旧高等科2年を尋常科6年、旧高等科3年を高等科1年、旧高等科4年を高等科2年に振り替える。
  • 1940年(昭和15年)9月1日 - 諫早市の発足[3]に伴い、諫早市立の小学校となる。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「諫早市真津山国民学校」に改称。尋常科を初等科に改称(初等科6年・高等科2年)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 国民学校の初等科が「諫早市立真津山小学校」(現校名)となる。
    • 国民学校の高等科が改組され、新制中学校「諫早市立真津山中学校」が発足。独立校舎完成までの間、小学校に併設される[4]
  • 1948年(昭和23年)- PTAが発足。
  • 1949年(昭和24年)12月 - 中学校の独立校舎が完成し移転。これにより併設を解消。
  • 1965年(昭和40年)から1966年(昭和41年)まで - 鉄筋コンクリート造の校舎が完成。
  • 1971年(昭和46年)7月 - プールが完成。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 体育館が完成。
  • 1979年(昭和54年)11月 - 米飯給食施設が完成。
  • 1982年(昭和57年)3月 - 運動場を拡張。
  • 1983年(昭和58年)3月 - 特別教室を増築。
  • 1987年(昭和62年)9月 - 校舎の大規模改修工事を完了。
  • 1996年(平成8年)2月 - 普通教室4教室を増築。
  • 1998年(平成10年)- 普通教室2教室を増築。
  • 2001年(平成13年)3月 - 新体育館・新プールが完成。
  • 2002年(平成14年)11月 - 郷ノ浦町立渡良小学校とのふるさとふれあい交流学習を実施。
  • 2006年(平成18年)4月 - 普通教室1教室を増築。
  • 2007年(平成19年)8月 - 給食室を給食配膳室に改修し、翌月より諫早市西部給食センターから配送する方式の給食を開始。
  • 2010年(平成22年)4月 - 普通教室1教室を増築。

アクセス

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの幹線道路

周辺

脚注

  1. ^ 諫早市立小・中学校の通学区域に関する規則 - 諫早市ウェブサイト
  2. ^ 長崎県教育史(上巻)p.552 国立国会図書館近代デジタルライブラリーによる。
  3. ^ この時1町(諫早)6村(小栗・小野・有喜・真津山・本野・長田)が合併し諫早市が発足した。
  4. ^ a b 学校概要 - 諫早市立西諫早中学校

参考資料

関連事項

外部リンク