藤間 達雄 Tatsuo FUJIMA |
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基本情報 |
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名前 |
藤間 達雄 |
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生年月日 |
(1948-12-24) 1948年12月24日(76歳) |
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身長 |
170 cm (5 ft 7 in) |
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体重 |
65 kg (143 lb) |
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国籍 |
日本 |
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出身地 |
静岡県 |
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経歴 |
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藤間 達雄(ふじま たつお、1948年12月24日 - )は静岡県出身[1] [2]のプロゴルファー。
来歴
日本大学卒業[1] [2]後の1974年にプロ入り[1]。
1978年の阿蘇ナショナルパークオープンでは初日を新井規矩雄・中村寅吉・鈴村照男と共に首位金井清一と2打差の2位タイ[3]でスタートし、最終日には上野忠美・鈴村と1アンダー143で並んでサドンデスプレーオフとなったが、スタートの10番で上野がバーディを取って優勝し2位タイ[4]に終わる。
1980年の関東オープンでは草壁政治と並んでの6位タイ[5]、1982年の群馬県オープンでは小林富士夫・石井裕士に次ぐと同時に新関善美と並んでの3位タイ[6]、1985年のフジサンケイクラシックでは6位タイ[7]に入った。
シニア転向後は1999年に2日間競技のTPCシニアで上原宏一・海老原清治に次ぐ3位タイ[8]、同年の第1回東京タワーシニアと2000年の北海道シニアオープンでは共に宮本康弘と並ぶ5位タイ[9] [10]に入った。
2001年には第1回ファンケルクラシックで高橋勝成・佐野修一に次ぐと同時に森本俊治と並んでの5位タイ[11]、1日大会のN.CUPシニアで海老原・野口裕樹夫・青木功・安田春雄に次ぐと同時に須貝昇と並ぶ6位タイ[12]に入り、静岡オープン[13]を最後にレギュラーツアーから引退。
2006年の日本シニアオープンを最後にシニアツアーから引退し[1]、2017年の静岡プログランドシニアでは野口・今井昌雪を抑えて優勝[14]、連覇を狙った2018年は野口の2位タイであった[15]。
現在は沼津ゴルフクラブ[16]マスター室所属で、静岡県プロゴルファー会会員[17]。
主な優勝
脚注
- ^ a b c d “藤間 達雄 フジマ タツオ TATSUO FUJIMA”. www.smile-pga.jp. 2023年11月13日閲覧。
- ^ a b “藤間 達雄選手のプロフィール”. www.jga.or.jp. 2023年11月13日閲覧。
- ^ 朝日新聞縮刷版p299 昭和53年4月9日朝刊19面「金井がリード 阿蘇オープン初日」
- ^ 朝日新聞縮刷版p331 昭和53年4月10日朝刊19面「上野が初栄冠 阿蘇オープン」
- ^ “【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】岡部チサンCC美里コース。全米オープン並みの難コースを制して、青木功が今季V4。1980年関東オープン”. golfdigest-play.jp. 2024年2月3日閲覧。
- ^ 朝日新聞縮刷版p714 昭和57年7月19日朝刊18面
- ^ “フジサンケイクラシック 1985”. www.jgto.org. 2023年11月13日閲覧。
- ^ “TPCゴルフシニアトーナメント”. 2003年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ^ “第1回東京タワーシニアオープンプロアマ”. 2003年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ^ “第4回北海道シニアオープン”. 2003年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ^ “ファンケルシニアクラシック”. 2003年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ^ “N.CUPシニアオープンゴルフトーナメント”. 2003年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ^ “藤間 達雄選手 年度別大会成績 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site”. www.jgto.org. 2023年11月13日閲覧。
- ^ “Untitled”. www.asagiri.net. 2023年11月13日閲覧。
- ^ “第30回静岡プロゴルフ選手権大会 グランドシニア”. www.asagiri.net. 2023年11月13日閲覧。
- ^ “沼津ゴルフクラブ”. www.numazugc.co.jp. 2024年12月7日閲覧。
- ^ “会員情報”. shizuoka-progolf.com. 2023年11月13日閲覧。
外部リンク