イェール大学の Larry Cohen教授のグループ(Larry Cohen (Yale Univ, USA), Brian Salzberg (Univ Penn, USA), Amiram Grinvald (Weizmann Inst, Israel), Bill Ross (NY Med Coll, USA), Kohtaro Kamino (Tokyo Med Dent Univ, Japan))によって開発された。この色素を用いれば、生体標本上の多数の領域から膜電位変化を計測できる。
Kamino, K. (2015) Personal recollections: Regarding the pioneer days of optical recording of membrane potential using voltage-sensitive dyes. Neurophotonics 2, 021002.
また、以下の英語本に歴史から最新の研究まで詳しく紹介されている。
Membrane Potential Imaging in the Nervous System and Heart. Eds. Canepari, M., Zecevic, D and Bernus, O. Springer-Verlag, New York, 2015.
Larry Cohen教授の功績に関しては、Neurophotonics誌(April 2015 | Volume 2, Issue 2)に、"Pioneers in Neurophotonics: Special Section Honoring Professor Lawrence B. Cohen"と題して特集が組まれている[2]。
歴史
B. C. 的背景
生物学、医学における光学的観察あるいは光学的測定の歴史は古いが、神経系の研究へもかなり早くから導入されている。
・1848年にはすでに F. Ehrenbergが神経線維に2つの異なった屈折率があることを見いだしたことを Francis O. Schmitt (1939) が Physiological Reviews誌に発表した総説に引用している[3]。
・さらに、1865年には、Klebsが神経線維のミエリン鞘の偏光性についての論文を発表している。
・この線に沿った研究は、やや間を置いて、1920〜30年代に F. O. Schmittらによってとりあげられた (Schmitt, 1939[3])。これらの研究は、複屈折や偏光性を測定することによって、神経線維やミエリン鞘の微細構造を調べようとしたものである (Schmitt, 1939[3] ; Schmitt and Bear, 1939[4])。しかしながら、1940年代の後半になると、この方向での研究は途切れてしまっている。これは、電子顕微鏡の開発によって微細構造についての研究法がそちらへ移ったためと思われる。
その後、今世紀に入って、神経活動とより密接に関連づけた光学的測定がなされている。
・その先駆的役割を果たしたのは、F. O. Schmittと O. H. Schmitt (1940)[8] である。彼らは、偏光顕微鏡に光電子増倍管を取り付けて、ヤリイカ (Loligo pealei) の巨大神経線維の電気的興奮に伴う複屈折の変化の測定を初めて試みたが、光学的変化を記録することはできなかった。これは、彼らが用いた当時の装置では感度が不足していたことに起因するもので、彼らも論文の末尾で、この失敗は用いられた測定装値の感度が充分でなかったためであり、もっと性能のよい装置を用いれば記録できるはずであると言及している。
・また、もしカニの歩行脚神経を用いておれば、彼らの感度でも光学的変化は記録できたという可能性については、L. B. Cohen (1973) [9]によって指摘されている。
このSchmittらの研究に続いて神経活動の光学的研究は1950年前後に活発に行われている。その中心となったのは、D. K. Hill, R. D. Keynes, J. M. Tobiasである。
・まず、HillとKeynes (1949) [10]は、不成功に終わったSchmittらの試みをうける形で、カニ (shore crab : Carcinus maenus) の歩行脚神経幹を電気刺激して引き起こされる神経線維の不透明度 (opacity) の変化の測定を行った。彼らの実験では、タングステンランプから神経線維を垂直方向に白色光で照射し、スリットを通して、神経線維からの透過光 (transmitted light) をフォトセルで直接detectしている。これが、現在われわれが用いている光学測定の原型といえる。彼らはこの実験で、1秒当たり50回の電気刺激を5秒から10秒間続け、それに伴う神経線維のopacityの増大を記録することに成功した。神経刺激に伴う光学的変化の記録としては、これがおそらく最初のものである。
・さらに、Hill (1950)[11] は測定装置に改良を加え、カニ (Maia squinado) の歩行脚神経線維を電気刺激 (50~100/secで約5~10秒) することによって、透過光強度(光散乱:light scattering)が増大することを見いだした。彼は、細胞外液の浸透圧を変えたときの神経線維の透過光の変化も調べ、その結果と照らし合わせて、測定された光散乱の変化は神経線維の直径が大きくなったことによることを示唆した。
・Hill (1950)[12]は同様の実験を、イカ (Sepia officialis) の単一巨大神経線維でも行い、この場合も、電気刺激によって光散乱が増加することを見いだし、これも神経線維の直径が大きくなったこと(容積の増大)に起因することを示唆した。そして、直径220μmの神経線維を連続して1万回の電気刺激をおこなったとき引き起こされる直径の変化は、約 0.1 であると見積もっている。
・この結果は、その後、Cohenら (1971) [13]の実験によっても支持され、さらに、Terakawa (1988) [14] の、ひと工夫された方法での追試でも確かめられている。
・J. M. Tobiasら (Tobias, 1952[15] ; Bryant and Tobias, 1952[16] ; Tobias and Nelson, 1959[17]) も神経活動に伴う光散乱変化を測定している。Tobias (1952)[15] は刺激電極の陽極側では光散乱強度は小さくなり、陰極側では大きくなることを示し、それは陽極側での神経線維の収縮、陰極側での膨潤に対応することを示している。なお、この時期における光学的測定についてはTobias (1959)[18] による総括的なレビューにまとめられている。
Cohen LB, Keynes RD, Hille B : Light scattering and birefringence changes during nerve activity. Nature 218 : 438-441, 1968
Tasaki I, Watanabe A, Sandlin R, et al : Changes in fluorescence, turbidity, and bireflingence associated with nerve excitation. Proc Natl Acad Sci. 61 : 883-888, 1968
と示唆した (Davila, et al, 1974[28])。これは興奮のメカニズムと関係する膜分子のconformationの変化を反映しているとするTasakiら (Conti, et al, 1971[29] ; Tasaki, et al, 1972[30]) の主張とは対立するもので、両グループ間で激しい論争が引き起こされた。Cohenのグループはさらにいろいろな色素について調べたが、結局、コンダクタンスの変化を反映するような色素を見いだすことはできず、観測された螢光変化はすべて膜電位を直接コピーしているだけであるという結果のみが得られたのである。
これらの実験の過程で、特にMerocyanine 540がイカ巨大神経線維の活動電位に伴って静止電位に対して 10-4 のオーダーという極めて大きな螢光変化を示すことが見いだされた(Davila, et al, 1973[31])。さらに、この色素で、螢光だけでなく、活動電位に伴って吸光変化もまた大きく変化することが示された (Ross, et al, 1974[32])。
このような一連の実験結果から、
のアイデアがはっきりとした形となり、Cohenの研究室で、まず、ポテンシャル・プローブとしてできるだけすぐれた膜電位感受性色素の探索が始められたのである。ここに至るまでのいきさつについてはCohen (1973)[9], Cohen and DeWeer (1977)[33], Cohen and Salzberg (1978)[34] による総説に詳しく述べられている。
色素のスクリーニングが始められたとき、色素の化学構造とか物理化学的性状と膜電位感受性色素との相関性はもとより、どのような、そして、どれくらいの色素が膜電位に感受性を示すのか、皆目わからなかった。そこで、Cohenらは、ありとあらゆる色素を枚挙的に網羅してスクリーニングテストするという方法をとった。ヤリイカの巨大神経線維をいろいろな色素で染色し、それに膜電位固定を行い、それに伴う吸光、螢光の変化を測定して、膜電位変化に対する感受性がテストされた。そして、得られたデータから色素の構造と膜電位感受性との相関性を類推しながら、新しい色素を試行錯誤的にデザインし、それを合成して、ヤリイカの神経線維でテストを繰り返し、そこから得られた結果に基づいて、さらに新しい色素を合成していくという方法で進められた (Cohen, et al, 1974[35] ; Ross, et al, 1977[36] ; Gupta, et al, 1981[37])。
新しい色素の合成は A. S. Waggonerの研究室と日本感光色素研究所(現 林原生物化学研究所)の協力を得てなされた。1,000種類以上の色素がスクリーニングテストにかけられ、まずmerocyanine-rhodanine系 (Ross, et al, 1977[36]), merocyanine-oxazolone系 (Gupta, et al, 1981[37]) 色素が選び出された。その際、色素の選定基準としては、
信号対雑音比 (S/N) が大きい、
背景光に対する光学的変化ができるだけ大きい、
神経線維に対する薬理的、光化学的毒性ができるだけ小さいか無視できる、
色素の退色時間ができるだけ長いということと、
膜電位変化に対する応答時間(時定数)が短い
ということがあげられた。色素の毒性や光化学的影響は光学的測定で深刻な問題であり、これについては、膜電位固定したときの内向き電流、いわゆるNa電流が減衰する時間を調べることによって厳しくテストされた。その結果、Merocyanine 540は大きなシグナルが得られるにもかかわらず、光化学的毒性が大きいことから (Ross, et al, 1977[36]), 膜電位測定用のプローブとして適していないと判定された。しかし、この色素が見いだされたことが膜電位に高感受性をもつmerocyanine-rhodanine系やmerocyanine-oxazolone系色素の合成につながったのである。その後も、主として、Grinvaldの研究室で、Rina Hildesheimにより色素の合成が続けられ、merocyanine系色素に加えて、現在用いられているoxonol系、styryl系色素が選びだされた (Grinvald, et al, 1980[38], 1982a[39])。色素についてはまだ改良すべき多くが残されており、その探索は現在も続けられている。
膜電位に対する応答時間が秒のオーダーで比較的長く、cyanine系色素とoxonol系のいくつかがこれに属する。活動電位のような迅速な膜電位変化をモニターするのには適していないが、ゆっくりした膜電位変化の測定に用いられている。これに属する色素は膜に対して透過性を示す。神経系ではシナプトソームやシナプス小胞での膜電位測定に用いられている (Blaustein and Goldring, 1975[43] ; Carpenter and Parson, 1978[44] ; Freedman and Laris, 1981[45])。
ことの2点をあげることができる。L. B. Cohenは1973年にPhysiological Reviews誌[9]に発表した総説のなかで “------, it seems reasonable to imagine an array of 100 photodetectors that would allow simultaneous potential recordings from 100 individual cells.” と述べ、光学的多チャネル測定の可能性を示唆している。
・最初用いられたのはライトガイド方式である。これはライトガイドとして光学繊維を用い、その一端にphotodiodeを取り付けたもので、これを何本か作り、それらの他端を実像面上の複数個のニューロンの像に合わせて並べ、おのおののニューロンから活動電位を吸光シグナルとして同時記録する方法である。この方法によって、Cohenのグループ (Salzberg, et al, 1977[74]) によって、巨大フジツボの神経節内の11~14個のニューロンから活動電位が同時記録された。これが多チャネル同時測定として最初の記録である。神野らは、16チャネル同時測定システムを組み立てた(Fujii, et al,1981[75] ; Kamino, et al, 1981[58] ; Hirota, et al, 1981[76] ; 神野, 1982[77])。このライトガイド方式では、ディスプレイは多チャネル型オシロスコープあるいは多チャネル型ペンレコーダーだけで充分であり、ライトガイドの口径は自由に選ぶことができるうえ、ライトガイドをいろいろな位置にいろいろな間隔をおいて電位活動を同時記録できるので、使いようによっては、現在でも中枢神経系その他の研究でかなり有効な方法である。
・続いて、同じくCohenの研究室でなるべく多くのニューロンあるいは部位から電位活動を同時記録するための装置を作る計画が立てられた。この時、問題となったのは imaging deviceとdisplayの方法であった。その時、imaging device としては、(1)TV tube (vidicon, vacuum tube), (2)solid state TV camera, (3)array of individual detectorsが、recording deviceとしては、(1)computer, (2)multichannel recorder, (3)multi-channel tape recorderが検討された。そして、photodiode array方式が採用され、144個のphotodiodeをmatrix型に並べた12×12-素子・photodiode arrayとコンピューターを組み入れた測定システムがCohenの研究室で作り上げられた(Grinvald, et al, 1981a[78])。これに続いて、Salzberg (Salzberg, et al, 1983[79]), Ross (Krauthamer and Ross, 1984[80]) Grinvald (Grinvald, et al, 1982b[81]), Salama (Salama, et al, 1987[82]) および神野ら (Hirota, et al, 1985[83]) の各研究室で同じような測定システムが組み立てられた。
現在、用いられている測定システムの構成は、どの研究室のものでも基本的には同じであり、光学系、検出系、増幅系、マルチプレクサー(あるいはレコーディングシステム)、コンピュータで構成されている。測定システムと測定方法については、Cohen and Lesher (1986)[84] により詳しく解説されている。
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