細川興隆
細川 興隆(ほそかわ おきたか)は、江戸時代前期の大名。常陸国谷田部藩の第3代藩主。官位は従五位下・豊前守。 生涯寛永9年(1632年)、第2代藩主・細川興昌の長男として誕生した。寛永20年(1643年)に父が死去したため家督を継ぐ。正保3年(1646年)に従五位下・豊前守に叙位・任官する。 下館城在番、大坂加番、駿府加番、天和元年(1681年)の真田信利改易の際の沼田城在番などを務めた。元禄2年(1689年)閏1月14日、長男の興栄に家督を譲って隠居する。 元禄3年(1690年)1月21日に死去した。享年59。 生まれつき穏やかで学問に通じていたが、短慮な一面もあったとされる。 系譜父母 正室
子女 |