第150自動車化狙撃師団 (ロシア陸軍)
第150親衛自動車化狙撃師団(だい150しんえいじどうしゃかそげきしだん、ロシア語: 150-я мотострелковая дивизия)は、ロシア陸軍の師団。第8親衛諸兵科連合軍隷下。 第二次世界大戦ではベルリンの戦いでドイツの国会議事堂に勝利の旗を掲揚した部隊として知られる[1]。ロシアのウクライナ侵攻でも旗のコピーを持ち込んでおり、バラクリヤの戦いでウクライナ軍に戦利品として没収された[2]。 概要第二次世界大戦→「ベルリンの戦い」も参照
1943年9月17日、第二次世界大戦の影響に伴い、赤軍第127独立狙撃旅団、第144独立狙撃旅団、第151独立狙撃旅団を基幹に第150狙撃師団としてロシア・ソビエト連邦社会主義共和国ノヴゴロド州で創設された[2]。 同月から独ソ戦に投入され、プスコフ州解放、ドイツ・ベルリン攻勢に参加して枢軸国に勝利し、2等スヴォーロフ勲章、名誉称号「イドリツィア」、「ベルリン」を授与され、1946年12月に解隊された。 ロシア陸軍2016年12月、ロシア陸軍第33独立自動車化狙撃旅団を基幹に第150自動車化狙撃師団としてロストフ州で70年ぶりに再編された[2]。 ロシアのウクライナ侵攻東部・マリウポリ戦線2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻でドネツク人民共和国に配備され、第1軍団隷下の第3独立親衛自動車化狙撃旅団、第100独立親衛自動車化狙撃旅団、スパルタ大隊と共に攻勢を開始し、3月に東部ドネツィク州ヴォルノヴァーハを占領した[3]。 2022年3月、激戦地の東部ドネツィク州マリウポリ地区で攻勢を開始し、クリミア共和国から進軍してきた友軍と合流してマリウポリを包囲し、5月にマリウポリを占領したが、オレグ・ミチャーエフ師団長、第68親衛戦車連隊のウラジーミル・ブカトキン連隊長が戦死した[3][4][5]。 東部・セベロドネツク戦線2022年5月、激戦地の東部ルハーンシク州セヴェロドネツィク地区に再配置され、第2親衛軍団、第5諸兵科連合軍、第58諸兵科連合軍、第1軍団、第90親衛戦車師団と共に攻勢を開始し、部隊は壊滅したが、7月までにセヴェロドネツィク、リシチャンシクを占領してロシア軍はルハーンシク州全域を占領した[6][7]。 2022年9月、連戦で損害が大きかったため後方に移動し、占領下の北東部ハルキウ州イジューム地区バラクリヤに配備されていた[2]。 東部・アウディーイウカ戦線→「マリンカの戦い (2022年)」も参照
2023年1月、東部ドネツィク州ポクロウシク地区に再配置され、第42親衛自動車化狙撃師団、第1軍団隷下の第5独立自動車化狙撃旅団と共に攻勢を開始したが、マリンカ方面で撃退された[8]。春になると胸にZマークを付けたバットマンのようなコスプレをした団員「Zバットマン」が戦闘参加して部隊の士気を高めるなど奇行もみられた[9]。10月には第20親衛自動車化狙撃師団と共に攻勢を開始し、12月にマリンカを占領した[10]。 東部・バフムート戦線→「バフムートの戦い」も参照
2024年3月、激戦地の東部ドネツィク州バフムート地区に再配置され、第98親衛空挺師団、第11独立親衛空中強襲旅団と共にバフムート西のチャシウ・ヤール方面に展開した[11]。 編制
ギャラリー脚注
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