津久志村

つくしむら
津久志村
廃止日 1956年1月15日
廃止理由 編入合併
津久志村世羅町
現在の自治体 世羅郡世羅町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 広島県
世羅郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 1,646
国勢調査、1955年)
隣接自治体 世羅町、世羅西町双三郡吉舎町賀茂郡大和町
津久志村役場
所在地 広島県世羅郡津久志村大字津口
座標 北緯34度36分26秒 東経132度57分24秒 / 北緯34.60722度 東経132.95678度 / 34.60722; 132.95678座標: 北緯34度36分26秒 東経132度57分24秒 / 北緯34.60722度 東経132.95678度 / 34.60722; 132.95678
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津久志村(つくしむら[1][2])は、広島県世羅郡にあった。現在の世羅郡世羅町の一部にあたる。

地理

  • 河川:黒淵川、津口川[2]

歴史

  • 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、世羅郡黒淵村、山中福田村、津口村が合併して村制施行し、津久志村が発足[1][2]。旧村名を継承した黒淵、山中福田、津口の3大字を編成[2]
  • 1890年(明治23年)甲山警察署(現世羅警察署)津久志巡査駐在所開設[2]。1902年(明治35年)津久志巡査部長派出所開設[2]
  • 1908年(明治41年)津久志村産業組合設立[2]
  • 1925年(大正14年)養蚕組合設立[2]
  • 1955年(昭和30年)3月31日、大字山中福田が世羅郡小国村津名村(一部、大字上津田・下津田・長田)、吉川村(一部、大字中・黒川と吉原の一部)と合併し、町制施行して世羅西町を新設[1][2]。黒淵、津口の2大字となる[2]
  • 1956年(昭和33年)1月15日、世羅郡世羅町に編入され廃止[1][2]

地名の由来

古来、当地方を津久志と称していたとの口碑による[2]

産業

  • 農業、養蚕[2]

教育

  • 1891年(明治37年)津久志尋常高等小学校開校[2]。1909年(明治42年)校舎新築[2]。1920年(大正9年)津久志農業補習学校併設[2]

脚注

  1. ^ a b c d 『市町村名変遷辞典』490頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『角川日本地名大辞典 34 広島県』525頁。

参考文献

関連項目