河田与惣左衛門河田 与惣左衛門(かわだ よそざえもん、1875年(明治8年)2月27日[1][2] - 1945年(昭和20年)3月1日[3])は、明治から大正時代の政治家、銀行家。貴族院多額納税者議員。 経歴秋田県北秋田郡鷹巣村(現・北秋田市鷹巣)の豪農[1]。河田与惣兵衛の二男として生まれ、1888年(明治21年)3月に家督を相続する[1]。 1902年(明治35年)秋田銀行取締役となり、のち秋田県多額納税者として補欠選挙で貴族院議員に互選され、1906年(明治39年)12月24日から[4]1911年(明治44年)9月28日まで在任した[3]。 その後、秋田郡地主会長、同郡中央会長、赤十字有功社員などを歴任した[2]。 親族妻 きさ (1881年生まれ、佐藤新三郎三女) 義弟 高安 正一 (1903年生まれ、扇田鉄鉱取締役高安虎治長男) 脚注参考文献
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