榮森己喜男
榮森 己喜男(えもり みきお、1953年5月3日 - )は、北海道出身の元騎手。 来歴1973年3月に中山白井・高橋英夫厩舎からデビューし、同3日の中山第3競走4歳未勝利・アスカ(15頭中13着)で初騎乗[1]を果たす。8月5日の福島第4競走4歳未勝利で初騎乗馬アスカに騎乗し、8頭中8番人気ながら勝利して初勝利[2]を挙げ、枠連は25690円の波乱[3]となった。11月11日の新潟で初の1日2勝[4]を挙げ、1年目の同年は6勝[5]をマーク。 2年目の1974年には3月2日・3日の中山で初の2日連続勝利[4]を記録し、後に同年秋の天皇賞馬となるカミノテシオに騎乗[6]。 3年目の1975年には11月15日の東京第11競走4歳以上500万下を10頭中10番人気のイスズミノルで勝利し、枠連32410円の波乱[7]を呼んだ。 鈴木清厩舎に移籍した1976年にはクイーンカップでニッショウダイヤに騎乗しテイタニヤの3着[8]に入り、自身唯一の2桁勝利となる10勝[5]をマーク。 1978年にはアラブ王冠(秋)・タツカゲで自身唯一の重賞勝利[9]を挙げ、高橋厩舎に復帰した1979年には12月23日の中山第3競走3歳未勝利を18頭中17番人気のタイジュリックで勝利し単勝21290円の波乱[10]を呼んだ。 1980年には栗東・新川恵厩舎に移籍し、京都記念(秋)ではイナドコトブキでグレートタイタンの3着[11]に入った。 1981年には吉永忍厩舎に移籍し、1982年のシュンエイ記念ではホクトライデン産駒ゴンゲンハヤトで2着[12]に入った。 1984年にはグレード制導入後最初のGIとなった桜花賞では内藤繁春厩舎のマルカサーペンに騎乗[13]したが、1月28日の京都第2競走4歳未勝利を11頭中10番人気のグリーンタイムで勝利したのが最後の勝利[14]となり、9月9日の阪神第6競走3歳新馬・アサクサロマン(13頭中12着)を最後に引退[15]。 騎手成績
脚注
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