この研究の原題は「Rapid-onset gender dysphoria in adolescents and young adults: A study of parental reports 」であり、2018年8月にPLOS Oneに掲載された[17][11]。リットマンのこの研究のポスター抄録は2017年2月に発表され、タイトルに「急速発症性性別違和」という表現が使われた[18]。
ROGDの研究に対するいくつかの批判が、査読付き学術誌に掲載されている。2020年にはThe Sociological Review誌上で、生物倫理学者のフローレンス・アシュレイは、この研究は性別移行のためのヘルスケアを支持する既存の研究を阻止する試みであると述べた[1]。社会学者のナタチャ・ケネディとビクトリア・ピッツ=テイラーは、『Journal of LGBT Youth and Sexualities』誌に掲載された2020年の2本の別々の論文で、ROGDをモラル・パニックと評し、トランスの若者はしばしば親にカミングアウトするずっと前から自分のアイデンティティに気づいていると主張した[27][8]。
PLOS Oneが訂正された研究を発表した直後、元の研究の方法論に対する批判がArchives of Sexual Behaviorに掲載された[19]。著者のアルジー・レスターは、リットマンの研究は手法に致命的な欠陥があると主張した。まず「自分の子供がトランスジェンダーだと信じないよう親に伝えていることで知られた」3つのウェブサイトの利用者だけをサンプルに選んだこと、その結果、調査対象者の4分の3が子供の性自認を拒否していたこと、回答者の91%が白人、82%が女性、66%が46歳から60歳であったことなどが挙げられる。彼女は、この調査はほとんどが「自分の子どもがトランスであることについて強い反対信念を持つ白人の母親」で構成されており、リットマンの調査回答がトランスの若者や若年成人全体を代表しているという証拠はほとんどないと書いている[19]。これに対し、編集者への手紙の中で、リットマンは、彼女の方法論は性同一性肯定医療を支持する広く引用された研究で論争なく使用されてきたものと一貫していると反論した[28]。
SAGEの Encyclopedia of Trans Studies(トランス研究百科事典)は、ROGDを「反トランス理論」とし、トランスであることは精神障害ではないとするWPATH、アメリカ精神医学会、世界保健機関(WHO)などの組織とは異なり性別違和やトランスジェンダーであることを伝染病になぞらえ「研究手法の原則に背いて病理化するためのフレームワークや用語を用いている」「この研究の基本的な前提、無作為抽出の欠如、募集プロセスにおける自己選択バイアス、データ収集手順など、あらゆる段階でバイアスが存在し多くの重大な点で根本的な欠陥がある」とした[30]。さらに、両親にとっては子供の性同一性の発達が突然であったと信じていたかもしれないが、データは青少年自身から収集されたものではないため、リットマンの研究ではこれらの人々が単に早い時期に自分の性同一性を明らかにしないことを選択したかどうかを確認することはできない、とした[30]。
MIT Technology Review誌によれば「ROGDのようなものについての理論や噂は、論文が発表される前からネット上で静かに広まっていたが、リットマンの記述的研究はその概念に正当性を与えた。ROGD論文は反トランスの狂信者たちによって資金提供されたわけではない。しかし、悪意を持った人々が自分たちの意見を後押しする科学を探し求めていたまさにその時に、この論文は届いたのである」と述べられている[15]。
トランスジェンダー医療に携わる44人の専門家からなるGDA(Gender Dysphoria Affirmative Working Group)は、サイコロジー・トゥデイ誌に公開書簡を送り、この研究には複数のバイアスと方法論の欠陥があり、「トランスジェンダーの若者に対して公然と敵対的なウェブサイト」から被験者を抽出し、ROGDの存在を前提とする両親の信念に基づいて結論を出しているとして、以前発表された批判を引用した。GDAは、リットマンが10代の若者たちにインタビューをしていないことを指摘し、10代の若者はカミングアウトを遅らせることが多いため、両親から見た発症が「急速」であっただけかもしれないと述べた[33][34][1]。
2021年、the Coalition for the Advancement and Application of Psychological Scienceは声明を発表し、ROGDに関する健全な経験的研究はなく、臨床科学の標準である厳格な査読プロセスを経ていないとして、ROGDという概念を臨床や診断の使用から排除することを求めた。声明はまた、ROGD という用語はトランスジェンダーの人々に汚名を着せ、害を与える可能性が高く、ROGDにまつわる誤情報は、トランスジェンダーの若者の権利を抑圧する法律を正当化するために使用されているとしている。この声明には、アメリカ心理学会、アメリカ精神医学会、行動医学会、その他数十の専門家や学術団体が署名している[6]。
その後の調査
2021年11月にJournal of Pediatrics誌に掲載されたBauerらによる研究では、性別違和の急速発症経路を示す証拠があるかどうかを評価するために、カナダのトランスジェンダーの青年173人のコホート調査を行った。著者らは、思春期の青年が性別違和を呈するのは一般的であるが、多くの場合、患者はより幼い頃から性別違和を自覚していたと述べている。著者らは、性別を自覚する時期が遅いこと(「急激な発症」)と、メンタルヘルス上の問題、親のサポートの欠如、オンラインおよび/またはトランスジェンダーの友人からの高レベルのサポートを含む他の因子との間に関連性があるかどうかを確認しようとしたが、「急激な発症」とメンタルヘルスの問題、親からのサポートの欠如、オンラインまたはトランスジェンダーの友人からの強力なサポートの間に相関は認められなかった[5]。相関が認められたのはリットマンの研究によって示唆されたのとは逆の方向であった。例えば、自分の性別に不満を抱いていた期間が長いトランスジェンダーの青少年は、不安に悩まされる可能性が高く、マリファナを誤用する可能性が高かった。著者らは、「急速発症性性同一性障害」が明確な臨床現象であることを示す証拠は見つからなかったとした[5]。
2023年、シュプリンガー社は『Archives of Sexual Behavior』に掲載されたディアスとベイリーによるROGD仮説に関する論文を「インフォームド・コンセントの欠如に関する懸念のため」撤回した[36]。これは、多くの研究者やLGBTQ団体によって署名された公開書簡に続くもので、ベイリーの論文はIRB(施設内審査委員会)の承認を得ていないとして、同誌の掲載を批判し、同誌編集者のケネス・ズッカーの交代を要求した[37]。批評家たちはまた、この論文は反証を無視し、代表的でない参加者のサンプルに基づいていると主張した[36]。
^ abPitts-Taylor, Victoria (November 17, 2020). “The untimeliness of trans youth: The temporal construction of a gender 'disorder'”. Sexualities25 (5–6): 479–501. doi:10.1177/1363460720973895.
^"Updated: Brown statements on gender dysphoria study". Expanded Brown University Statement – Tuesday, Sept. 5, 2018. News from Brown (Press release) (March 19, 2019 ed.). Providence, R.I.: Brown University. 5 September 2018. 2019年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。
^Coleman, E.; Radix, A. E.; Bouman, W. P.; Brown, G. R.; de Vries, A. L. C. et al. (August 19, 2022). “Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People, Version 8”. International Journal of Transgender Health23 (sup1): S1–S259. doi:10.1080/26895269.2022.2100644. ISSN2689-5269. PMC9481143. PMID36121402. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9481143/. ""One researcher attempted to study and describe a specific form of later-presenting gender diversity experience (Littman, 2018). However, the findings of the study must be considered within the context of significant methodological challenges, including 1) the study surveyed parents and not youth perspectives; and 2) recruitment included parents from community settings in which treatments for gender dysphoria are viewed with scepticism and are criticized. However, these findings have not been replicated. For a select subgroup of young people, susceptibility to social influence impacting gender may be an important differential to consider (Kornienko et al., 2016). However, caution must be taken to avoid assuming these phenomena occur prematurely in an individual adolescent while relying on information from datasets that may have been ascertained with potential sampling bias (Bauer et al., 2022; WPATH, 2018).""
^ abRider, G. Nic; Tebbe, Elliot A. (2021). “Anti-Trans Theories”. In Goldberg, A. E.; Beemyn, G.. The SAGE Encyclopedia of Trans Studies, Volume 1. Thousand Oaks, Calif.: SAGE Publications. pp. 39–43. doi:10.4135/9781544393858.n12. ISBN978-1-5443-9382-7