幻想曲 ヘ短調 (げんそうきょく へたんちょう、ドイツ語 : Fantasie f-Moll )作品 103、D 940は、フランツ・シューベルト が死去の年、1828年 に作曲したピアノ連弾曲 。シューベルトの数多い連弾曲の中でも、とりわけ印象深い晩年の傑作として、多く演奏されている。
概要
カロリーネ・フォン・エステルハージ
作曲が開始されたのは1828年 の1月で、自筆の清書譜が完成したのは4月だった。初演は同年の5月9日 、友人のエドゥアルト・フォン・バウエルンフェルト (英語版 ) のための私的演奏として行われた。シューベルト自身と、友人の作曲家 ・指揮者 であるフランツ・ラハナー との連弾による。
出版はシューベルトの死後の1829年 に行われたが、生前のシューベルトの意志通りにカロリーネ・エステルハージ (英語版 ) に献呈されている[ 1] 。シューベルトは1818年 夏、ツェレス (英語版 ) (ウィーンの東480km、現在はスロヴァキア のジェリエゾフツェ)に滞在するエステルハージ 伯爵一家の音楽教師として雇われ、2人の娘マリーとカロリーネにピアノ を教える。さらに1824年 5月にも招聘されて夏別荘のピアノ教師を務め、この2度の滞在を通じてシューベルトは妹のカロリーネ(1824年 当時18歳)に恋心を抱いていた[ 2] [ 3] 。
評価
音楽学者・評論家の前田昭雄 は「今までに書かれたピアノ連弾のためのあらゆる作品のうちで、最も深いものを湛えた傑作」と評価している[ 4] 。
ほかの編成のための編曲でも取り上げられ、ドミトリー・カバレフスキー によるピアノと管弦楽 版、フェリックス・モットル やエルンスト・ルドルフ 、ウィレム・ヴァン・オッテルロー らによる管弦楽 版、ハロルド・バウアー による2台ピアノ 版などがある。
構成
単一楽章だが、全体は大きく4つの部分で出来ている。全体を通したソナタ形式 と、緩徐部とスケルツォ部を含む4楽章構成が重ね合わされていると考えることができ、この点で『さすらい人幻想曲 』と類似している[ 1] [ 5] が、より伝統的なソナタ形式からは離れている。全曲で571小節。演奏時間は約16 - 19分[ 6] 。
アレグロ・モルト・モデラート (Allegro molto moderato) ヘ短調 4/4拍子 120小節
ソナタ形式の提示部にあたる。付点リズムによる主題(譜例1)[ 7] が提示され、やがて同じヘ短調による決然とした第2の主題(譜例2)が現れて、この2つが交互に転調、変奏を加えられていく。後半に冒頭の楽想が原調で復帰するため、三部形式 と考えることも可能である[ 5] 。
譜例1
譜例2
ラルゴ (Largo) 嬰ヘ短調 4/4拍子 43小節
ソナタ形式の展開部前半にあたる緩徐部。フランス序曲 風の複付点リズムによる重厚な両端部分と、嬰ヘ長調 の穏やかな中間部分からなる三部形式 。
アレグロ・ヴィヴァーチェ (Allgro vivace) 嬰ヘ短調 3/4拍子 275小節
ソナタ形式の展開部後半にあたると同時に、"Con delicatezza"(優美に)と記されたニ長調 の楽想を中間においた「スケルツォ とトリオ」でもある。
テンポ・プリモ(アレグロ・モルト・モデラート) (Tempo I (Allegro molto moderato)) ヘ短調 4/4拍子 133小節
ソナタ形式の再現部にあたる。第1部冒頭の楽想が再現されたあと、第2の主題による大規模なフガート が展開する。終曲直前に、経過的にヘ音 とホ音 が半音で衝突するなどの苦々しい不協和音 が現れるが、サブドミナント の付加六の和音 を経て静かに主和音に終結する。
楽譜
脚注
^ a b 平野昭「4手ピアノ曲」『作曲家別名曲解説ライブラリー17 シューベルト』音楽之友社、1994。p.216-219。
^ 村田千尋『作曲家・人と作品 シューベルト』音楽之友社、2004。p.56-58。ISBN 978-4276221765
^ 映画『未完成交響楽 』では、シューベルトがカロリーネの前で「交響曲ロ短調」をピアノ演奏しようとして完奏を果たせず、未完成の曲の譜面に「わが恋の成らざるが如く、この曲もまた終わらじ」と記して『未完成交響曲 』となった、というフィクションを展開したが、実際にカロリーネと関連があるのはこの『幻想曲ヘ短調』である。
^ 『カラー版 作曲家の生涯 シューベルト』新潮文庫 、1993。 P.157。ISBN 978-4101272115
^ a b Yin Mak, Su. "Formal ambiguity and generic reinterpretation in the late instrumental music". Schubert's Late Music: History, Theory, Style . Cambridge University Press, 2016. p.289.
^ 短い演奏では、ケルン・ピアノ・デュオの 15'56"(録音:1996年4月23-25日 アルテ・ノヴァ 74321 43326 2)、長い演奏としてはイモージェン・クーパー & ポール・ルイスの 21'03"(録音:2009年6月)がある。
^ 平野昭 は「ハンガリー的情趣をもった(...)主題」と表現している。平野、p.217。
外部リンク